多聞寺の山門

隅田川七福神の一つ多聞寺。東武伊勢崎線鐘ヶ淵駅と堀切駅の中間辺りに位置している。

周辺は下町風情の残る住宅街。境内はきれいに整備されている。

狸塚に係るエピソードなどは、現在の状況からは想像できないこの付近の当時の様子を示しており、興味深い。

立派な山門は、江戸時代中期の作とのこと。現存する墨田区内最古の建造物らしい。

多聞寺

2011年7月3日撮影。多聞寺の山門。江戸中期の作。墨田区内では最古の建造物。

多聞寺

2011年7月3日撮影。

多聞寺

2011年7月3日撮影。

墨田区教育委員会と多聞寺による山門の説明は以下のとおり。

<墨田区指定文化財>

多聞寺山門

所在地 墨田区墨田5丁目31番 多聞寺内

多聞寺の山門は江戸中期に造られた区内最古の建造物です。

切妻造の四脚門で、現在では珍しくなった茅葺の屋根を持ちます。全体的には簡素な和様の造りで、控柱などに禅宗様の手法も見られます。虹梁・木鼻に刻まれた線の太さや深さ、素朴な文様は18世紀を降らない建造を感じさせます。

慶安2年(1649)に建立された山門ですがその後焼失しました。過去帳には「享和三亥年二月酉ノ上刻出火、本堂、鐘楼、五智堂、庫裏、焼失四棟也、表門ハ不焼」とあり、この火災で焼失を免れたことから、遅くとも享和3年(1803)までには再建されていたことになります。

墨田区は震災や戦災で多くの木造建築が失われてきました。こうした中で、多聞寺山門が現存することは、貴重であり、周辺の意匠との関連や相違を検討するうえでも重要な建造物といえます。

平成17年3月

墨田区教育委員会

多聞寺の山門

山門中央の「隅田山」と記された山号額の裏に「明和九年」(1772年)と彫られており、現存する墨田区内最古の建造物として区登録有形文化財とされています。

屋根を支える本柱の前後に2本ずつの控柱をもつところから四足門または四脚門と呼ばれる形式の門です。一部には朱と思われる痕跡があり、建立当初は朱塗り瓦葺きであったことが察せられます。その後、享和3年(1803年)の火災、安政2年(1855年)の大地震などの被害を受け、後に茅葺にされたものと思われます。その後もこの門は、排仏毀釈、関東大震災、15年戦争などの天災と人災の歴史をくぐり抜け、娑婆(人間自身が作り出した苦しみの世界)の人々の営みを見据えてきました。

これからも、安楽を願う人々を見守ってくれるでしょう。

隅田山 多聞寺