カネボウ発祥の地

「カネボウ」というのはかなり聞き慣れたブランド。もとは鐘淵紡績であり、鐘ヶ淵が発祥の地である。

現在のカネボウブランドを引き継ぐカネボウ化粧品は花王の子会社である。

鐘ヶ淵のカネボウ公園には、カネボウ発祥の地碑が残されている。

カネボウ

2011年7月3日撮影。カネボウ公園入り口。

カネボウ

2011年7月3日撮影。右手奥に発祥の地碑がある。

カネボウ

2011年7月3日撮影。のどかな住民の憩いの場。この日は猫のみ。

カネボウ

2011年7月3日撮影。鐘淵紡績株式会社発祥の地碑。

カネボウ

2011年7月3日撮影。発祥の地碑裏面に由来記が刻まれている。内容は以下のとおり。

発祥碑由来記

此の地は古くから沈鐘の伝説があり、江戸時代に入って将軍徳川吉宗公が之の引揚げを下命しましたが成功せず鐘は毎夕月の出と共に燦然として光を放ったといわれます 周辺の風光明媚を賞でて徳川氏はここを将軍家専用の野菜畑とし御前栽と称しました。

明治20年近代工業の先覚としてこの地に東京錦商社が設立せられ、紡績機械2万9千錘を英国より輸入して東洋第一の紡績工場を建設明治22年社名を鐘淵紡績株式会社と改称しました。爾来近代日本の進展と共に工場は拡大し、その技術は全国津々浦々に結実し製品はカネボウの名声と共に遠く欧米各国を席巻しました。

この間にあって産業立国の一翼を担った人々少なからず、また過ぐる関東大震災、東京大空襲当時その職に殉じて斃れた者は50余柱に及びました。

いまこゝに時代の進展と共に工場の移転を実施するに当って鐘紡稲荷神社並びに慰霊観音像を奉安し80余年に亘ってうけたこの地域社会の御かげを感謝すると共に老人と児童の憩いの場を設けて記念庭園とし永く先人の偉業を偲ぶよすがとなることを切願するものであります。

昭和44年10月20日

鐘淵紡績株式会社

社中一同

カネボウ

2011年7月3日撮影。公園を出て墨堤通り、KCロジスティクス前にも発祥の地を示す説明板が設置されている。

内容は以下の通り。

鐘淵紡績発祥の地

所在 墨田区墨田5丁目19番ほか

明治19年(1886)に綿問屋の三越、大丸、白木屋、荒尾、奥田の5軒が集まり、三越得右衛門を頭取として東京綿商店が設立されました。翌年、資本金を10倍に増加させ、隅田川河畔鐘ヶ淵の広大な土地に紡績工場を建設して、明治22年(1889)に操業を開始、名称も有限責任鐘淵紡績会社と変更しました。これが、現在のカネボウ株式会社です。

鐘淵紡績は、設立当初こそ経営難に見舞われたものの、他社を吸収合併する中に、日清戦争を機に大発展を遂げ、世界有数の紡績会社となりました。

平成13年3月

墨田区教育委員会