柴又帝釈天

柴又帝釈天という通称が日本全国に広く知れ渡っているが、正式には経栄山題経寺という日蓮宗の寺院である。やはり寅さんの影響だろうか、たくさんの観光客で賑わっている。

柴又帝釈天

2011年8月6日撮影。駅から帝釈天に続く参道。

柴又帝釈天

2011年8月6日撮影。参道沿いは草餅、まんじゅう屋、川魚料理屋などが並ぶ。

柴又帝釈天

2011年8月6日撮影。二王門。堂々たるもの。

柴又帝釈天

2011年8月6日撮影。二王門、帝釈堂等は葛飾区登録の有形文化財となっている。区の説明は以下のとおり。

葛飾区登録有形文化財

題経寺(柴又帝釈天)

                          建築彫刻一括

諸堂内及び二天門 

所在地 柴又7丁目10番3号

登録年月日 平成4年2月5日

帝釈堂、祖師堂、二天門、には多くの木彫による建築浮彫装飾が施されています。特に帝釈堂は設計林門作、棟梁坂田留吉の指揮のもとに作られました。内陣外側の胴羽目彫刻10枚は法華経説話を題材にして、加藤寅之助・金子光清・木嶋江運・石川信光・横谷光一・石川銀次朗・加府藤正一・山本一芳・今関光次・小林直光等の彫刻師により制作されました。大正12年(1923)9月、それぞれの彫刻師のもとに運ばれていた欅の彫刻材は、関東大震災によって、すべて焼失しました。その後欅材を全国に求め、発願から十数年の歳月を費やし、10枚の胴羽目彫刻は昭和9年に完成しました。

彫刻の下絵は高山栄州が描いています。胴羽目の寸法はそれぞれ縦1.27m、横2.27m、厚さ20cm襖一枚の大きさです。

他堂や二天門の内外に、施された彫刻も、同じように貴重なものです。

葛飾区教育委員会

柴又帝釈天

2011年8月6日撮影。

帝釈天が掘り起こされたのを記念した碑も境内に設置されている。以下その説明のみ引用。碑の隣に設置された区の説明板より。

葛飾区指定有形民族文化財

帝釈天出現由来碑

所在地 葛飾区柴又7丁目10番3号

指定年月日 昭和57年2月13日

この碑は、安永8年(1779)題経寺本堂改修のとき発見した日蓮聖人自刻の帝釈天板本尊を後世に伝えるため、弘化2年(1845)俳人 鈴木松什および檀徒 石渡忠右衛門等が協力し、その由来を記し、併せて帝釈天の功徳を述べている。

碑の総高1.48メートル、撰文は宮沢雉神遊、書は萩原翬、刻者は窪世昌である。題経寺縁起の整ったものは、明治29年(1896)に作成されたが、本碑は、それ以前における由緒資料として貴重である。

葛飾区教育委員会