浅草寺境内の諸碑・旧跡〜その2〜

浅草寺本堂向かって左側、注意していなければ見逃してしまいそうな、小さな石の橋がある。なんと、現存する都内最古の石橋らしい。ちなみに「いしばし」ではなくて「しゃっきょう」とのこと。

石橋

2011年8月7日撮影。浅草寺による説明板の内容は以下のとおり。

石橋(しゃっきょう)

現存する都内最古とされるこの石橋は、元和4年(1618)浅草寺に東照宮(現存せず)が造営された際、参詣のための神橋として造られたものである。寄進者は、徳川家康の娘振姫の婿、紀伊国和歌山藩主浅野長晟(広島浅野家藩祖)である。

この石橋は昭和23年、文部省より重要美術品に認定されている。

金龍山 浅草寺

西仏なる人物が建てたとされる板碑。板碑とは主に供養塔として建てられるもの。建立時期も不明だが、鎌倉末期〜室町初期と推測されているとのこと。

中世における宗教の様子をうかがい知る資料として貴重であるため、東京都指定有形文化財となっている。

板碑

2011年8月7日撮影。東京都教育委員会による説明板の内容は以下のとおり。

東京都指定有形文化財(歴史資料)

西仏板碑

所在地 台東区浅草2丁目3番1号 浅草寺

指定 昭和17年9月 旧跡  昭和56年3月12日 種別変更

建立者の西仏(さいぶつ)については明らかではないが、この板碑は彼が妻子の後世安楽を祈って建立したものと推測される。建立の年代も不詳であるが、鎌倉末から室町初期かと思われる。

上部が破損しているが、制作時には3メートル近くあったものと思われる。寛保2年(1742)暴風雨によって倒れ破損、文化11年(1814)に有志が側柱を立てて支えたという。材質は秩父粘板岩(青石)。

現存の板碑の大きさは高さ217.9センチメートル、幅48.0センチメートル、厚さ4.7センチメートル。

中世の信仰を知るうえで貴重な遺品であり、かつ巨大板碑の典型例である。

平成8年3月25日 建設

東京都教育委員会

影向堂、「ようごうどう」と読むらしい。もともと本堂の南東にあったものだが、平成6年慈覚大師円仁の生誕1200年記念として現在地に再建されたもの。

影向堂

2011年8月7日撮影。影向衆を祀る影向堂。

六地蔵石幢。造立は、石幢が流行した室町時代であると考えられる。現在の場所に移されたのは明治期とのこと。

六地蔵石幢

2011年8月7日撮影。浅草寺による説明板の内容は以下のとおり。

六地蔵石幢(せきどう)

石幢とは石塔の一つで、龕部(がんぶ)(仏像を納める厨子のこと)の六面にお地蔵さまが刻まれている。

造立年代は不明だが、一説に、源義朝参拝の折に鎌田正清によって建立されたといわれる。

しかしながら、石幢造立が流行した室町時代の可能性が高い。

もとは雷門の東方にあったもので、後に花川戸、明治になってこの地へ移された。

金龍山 浅草寺

元和4年(1618)に建立された、都内でも珍しい六角堂。浅草寺境内では最も古い建造物である。本尊は造立年代不明で木造の「日限(ひぎり)地蔵尊」。日数を決めてお願いすると、願い事がかなうと言われているらしい。

六角堂

2011年8月7日撮影。東京都教育委員会設置の説明板の内容は以下のとおり。

HEXAGONAL TEMPLE

東京都指定有形文化財(建造物)

浅草寺六角堂 一棟

所在地 台東区浅草2丁目3番1号 浅草寺

指定 昭和27年11月3日

六角堂は『浅草寺誌』(文化10年編)に元和4年(1618)の建立とあり、江戸時代初期の建築と考えられ、浅草寺内では最古の遺構である。

木造で単層の六角造り瓦ぶき形式で、建物中央の直径は1.82メートルあり、一面の柱真々は0.91メートルである。

建物の基礎は、六角形状に廻した土台を布石の基礎で支え、その下部に11段の石積みをした1.5メートル余りの井戸状の穴が掘られている。

六角堂という特異な形式であり、都内においては遺例の少ない建造物で、貴重な文化財である。

もとは東方21.8メートルの場所(現・影向堂の南基壇上に元位置の明示あり)に建っていたが、平成6年10月境内整備のためここに移された。

東京都文化財保護条例(昭和51年3月31日改正)により文化財の指定種別を都重宝から東京都指定有形文化財に変更したので、石造標識については、このように読み替えてください。

平成8年3月25日 建設

東京都教育委員会

Tangible Cultural Property (Building)

Senso-ji-Rokkakudo

In early Edo period (around 1618)

Wooden structure, One-story, Hexagonal style, Light weight tile roofing (a pantile that combines broad concave tiles and semi-cylindrical convex tiles), Lacquered in red, 1.82m inner diameter, 0.91m side lenght(distance between pillar centres)

According to Senso-ji-Shi (chronicle of 1813 edition), Senso-ji-Rokkakudo was built in 1618 and is therefore the oldest architecture in Senso-ji. This building is valuable since hexagonal architectures are rare in Tokyo. It was originally located 21.8m further east (the original location is inscribed on the south podium of Yougou-do), but moved to its current position in October 1994 due to rearrangement.

Tokyo Metropolitan Board of Education

コメント

  1. Sugel より:

    The hexagonal tower on the other hand was shaped by practical and artistic considerations not only did the elongated configuration allow sunlight to reach what would have normally been lot-line windows on the upper floors but this unusual massing gives the structure a unique and distinctive identity. High-rise projects that may have influenced Abramovitz and Abbe s approach include various unbuilt trapezoidal schemes developed by Le Corbusier for Algiers 1938 and the United Nations 1946 the hexagonal Pirelli Building Gio Ponti 1958-59 in Milan 11 and the Pan Am Building now the Metropolitan Life Building Emery Roth Sons Walter Gropius and Pietro Belluschi 1959-63 which was nearing completion and featured a concrete-faced tower with octagonal floors.