日本橋

日本橋。現在の橋は明治44年3月の架設とのこと。かなり古い。頭上には首都高が複雑に走っており、なかなか橋の存在に気付きにくいが、青銅製の照明が存在感を残している。

日本橋 

2011年9月25日撮影。手前に刻まれている内容は以下のとおり。

日本国重要文化財

日本橋

構造 形式

石造二連アート橋 高欄付(青銅製照明灯を含む)

附 東京市道路元標 一基

所有者

国(建設省)

指定年月日

平成十一年五月十三日 指定 (建第二三六二号)

指定の意義

明治期を代表する石造アーチ道路橋であり 石造アーチ橋の技術的達成度を示す遺構として貴重である

また 土木家 建築家 彫刻家が協同した装飾橋架の代表作であり ルネサンス式による橋梁本体と和漢洋折衷の装備との調和も破綻なくまとめられており 意匠的完成度も高い

建設省国道に係る物件で初めての重要文化財指定

日本橋 

2011年9月25日撮影。

道の起点としての日本橋

中央区日本橋1丁目〜港区新橋1丁目

日本橋は古来街道の起点として広く親しまれ現在も交通の要衝として知られている。慶長8年に日本橋が架設されて以来、火災などによって改築すること19回を経て、明治44年3月石橋の名橋として現在の橋に生れ変った。また日本橋から銀在にかけての中央通り一帯は近代的な街並で日本経済の中心地として今なお活況を呈している。

国指定重要文化財

日本橋

所在地 中央区日本橋1丁目 日本橋室町1丁目

日本橋がはじめて架けられたのは徳川家康が幕府を開いた慶長8年(1603)と伝えられています。幕府は東海道をはじめとする五街道の起点を日本橋とし、重要な水路であった日本橋川と交差する点として江戸経済の中心となっていました。橋詰には高札場があり、魚河岸があったことでも有名です。幕末の様子は、安藤広重の錦絵でも知られています。

現在の日本橋は東京市により、石造二連アーチの道路橋として明治44年に完成しました。橋銘は第15代将軍徳川慶喜の筆によるもので、青銅の照明灯装飾品の麒麟は東京市の繁栄を、獅子は守護を表しています。橋の中央にある日本国道路元標は、昭和42年に都電の廃止に伴い道路整備が行われたのを契機に、同47年に柱からプレートに変更されました。プレートの文字は当時の総理大臣佐藤栄作の筆によるものです。

平成10年に照明灯装飾品の修復が行われ、同11年5月には国の重要文化財に指定されました。装飾品の旧部品の一部は中央区が寄贈を受け、大切に保管しています。

 平成12年3月

中央区教育委員会

 場所:http://g.co/maps/smzmt