開拓使茂辺地煉瓦石製造所跡

函館、元町公園に残る旧函館支庁書籍庫や金森洋物店に使われている煉瓦を製造していた製造所跡。北斗市茂辺地の山の中、矢不来天満宮の少し先にあったようだが、現況では、具体的にどこにあったのかよくわからない。

 

2013年3月17日訪問。

北斗市教育委員会設置の説明板の内容は次のとおり。

開拓使茂辺地煉瓦石製造所跡

北海道開拓使は、明治5年(1872年)に開拓使唯一の茂辺地煉瓦石製造所を創設しました。原料は茂辺地村の砂を使用し技術者と職工の22名で煉瓦と瓦を製造しました。初期製造(明治5年~9年)製品は、品質が悪く明治9年末で操業中止。明治11年6月、東京箱崎町に開拓使物産売捌所が造られることになり煉瓦石15万本、屋根瓦約9千枚を供給するため製造再開。東京で煉瓦石職人2名を雇入れ11月までに約20万本の煉瓦を焼き上げました。製品は良質で東京での評判も非常に良かった。開拓使は明治13年1月、1億本製造計画を立案したが計画も廃案となり明治14年1月には民間に払い下げられ生産は中止となりました。

建物では函館元町公園にある旧函館支庁書籍庫や金森洋物店等が現存しています。

平成21年12月 北斗市教育委員会

○参考
北斗市 「=開拓使茂辺地煉化石製造所=」(2013年4月3日アクセス)


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