称名寺(函館市船見町)

元々は現在のカメハチ付近にあった庵がルーツ。函館を代表する古刹のひとつ。開港の際には外国の領事館としても利用されていた。

称名寺

称名寺

称名寺

称名寺

これは土方歳三及び新撰組隊士の供養碑。

2012年4月21日訪問。函館市観光標識の内容は次のとおり。

称名寺

称名寺は、正保元年(1644年)円龍上人が亀田村(現市内亀田八幡宮辺り)に阿弥陀庵を建てたのが始まりといわれており、箱館開港当初はイギリスとフランスの領事館としても利用された古い寺院である。

明暦元年(1655年)阿弥陀堂と称したが、元禄3年(1690年)称名寺を公称し、宝永5年(1708年)亀田の衰退と箱館の繁栄により箱館の富岡町(現・弥生町 弥生小学校)に移転した。

明治12年(1879年)の大火で本堂を焼失し、同14年(1881年)この地に移転した。その後、幾度か大火のため建物を焼失したが、昭和4年(1929年)現在の鉄筋コンクリート寺院が完成した。

境内には河野政通の供養碑をはじめ、高田屋嘉兵衛の顕彰碑、土方歳三と新撰組隊士の供養碑があるほか、北海道最古の石碑として有名な「貞治の碑」(貞治6年2月(1367年)の銘がある板碑で北海道指定有形文化財)が保存されている。

また、墓地には箱館発展のもとを築いた高田屋一族の墓、新島襄の海外渡航を助け日本最初の気象観測所を開設した福士成豊、日魯漁業株式会社創立者堤清六の碑など、著名な人の墓がある。

函館市

土方歳三と新撰組隊士の供養碑

土方歳三(新撰組副長)は、榎本軍に加わり、函館で戦死した。その場所は一本木(若松町)、鶴岡町、栄国橋(十字街)など諸説があるが、土方ゆかりの東京都日野市金剛寺の過去帳には、函館称名寺に供養碑を建てた、と記している。

称名寺は、明治期の大火で3回も焼けて碑は現存しないため、昭和48年有志が現在の碑を建立した。他の4名は新撰組隊士で、称名寺墓地に墓碑があったが、昭和29年の台風で壊されたため、この碑に名を刻んだ。


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