木地挽

「林業では、17世紀末に飛騨や紀伊の材木商人の中から、陸奥・出羽や蝦夷地で山林の伐採を請け負うものが出て、木材を江戸や京都で販売し巨額の利益を上げた。」(『詳説日本史』,山川出版社,p.207)

このあたりから木工道具の進歩、漆塗り技術の普及が進み、木製食器等の日用品も広まったらしい。

木工製品の製造に携わった職人木地師などと呼ぶらしい。「挽く」というと「轆轤(ろくろ)」を連想する。林業や木材製品の普及という17世紀近辺の動向やそれに伴う木地師の全国への広がり、北斗市木地挽山の名称の由来とも何か関係がありそう、と推察してもよいのではないだろうか。