元町配水場(2008年)

国内では横浜に次ぐ古い近代水道。さらに、日本人の設計・工事によるものとしては国内最古の施設である。

元町配水場

2008年7月21日撮影。

元町配水場に関する函館市設置の観光標識の内容は以下のとおり。

函館の上水道
函館の水道は、明治22年(1889年)に完成した日本で二番目の近代水道である。日本最初の水道は横浜で、これは外国人の設計監督により明治20年(1887年)に完成した。日本人の工事監督によるものとしては、函館の水道が日本で最初のものであり全国的に有名である。函館は昔から水利の便が悪く、また津軽海峡に突き出た地形のため年間を通して風が強く、火災が発生するとたちまち大火となり、多くの犠牲者がでたこと、さらに明治19年(1886年)市内にコレラが大流行し、842人に及ぶ市民が死亡したことなどが契機となって、水道建設の要望が一層高まり、明治21年(1888年)念願の一大事業が着工された。
ここは、創設の時つくられた配水池がある「元町配水場」で、市街地北側にある赤川の高区浄水場から11Kmの送水管によりこの配水場に送られてきた水を市内西部地区に供給している。 函館の水道施設は、創設から6回にわたる拡張工事を行い、現在30万人の函館市民に清浄な水を供給している。函館市

Hakodate Waterworks
Hakodate waterworks was completed in 1889 and the second in Japan. The first waterworks was in Yokohama, and was designed and supervised by foreigners in 1887. Hakodate’s waterworks is famous because it was designed and constructed by the Japanese for the first time. Before 1889, Hakodate”s public water system had not been the best. Hakodate is located on the Tsugaru strait. The winds that blow off the strait have caused many disastrous fires. Many people lost their lives fighting these fires. In 1886、 842 people died of cholera, which caused a cry from the people for a new waterworks to be built in 1888. The distributing reservoir in Motomachi supplies water to the west area of Hakodate through a 11 kilometerwaterpipe, from the Akagawa filtration plant at the north of the urban area. Hakodate’s water service has had six extensions and now supplies about 300,000 citizens with clear water. CITY OF HAKODATE

土木遺産の碑

2008年7月21日撮影。

土木遺産に関する碑の内容は以下のとおり。

土木学会選奨土木遺産
〜函館市の水道施設群(元町配水場)〜

土木学会の選奨土木遺産は、建設後、半世紀以上を経過した、高い価値のある歴史的土木施設を称えるもので、この元町配水場は、函館市の水道施設群として笹流ダムとともに平成13年度の選奨土木遺産に認定されました。

元町配水場には、明治22年(1889)完成の中区配水池と明治29年(1896)完成の高区配水池があり、どちらも建設後100年以上を経過しています。
特に、中区配水池は、日本人(平井晴二郎氏:後の鉄道庁総裁)の設計監督による最初の近代水道の施設で、現在もその役割を果たしている日本最古の配水池です。
この配水場から配られる水は、函館市西部方面の市民が利用しています。

噴水塔

2008年7月21日撮影。

噴水に関する碑の内容は以下のとおり。

淸泉滾滾(せいせんこんこん)
函館の水道は、明治22年(1889)9月20日、日本で2番目の近代水道として、この配水池から通水を開始しました。上段の噴水塔は、これを記念して当時鋳鉄管を納入した東京のイリス商社から寄贈された噴水塔のレプリカです。
銘文の「淸泉滾滾」は、通水式当日の函館新聞に掲載された祝詞の一節「幾多の財をなげうち幾多の心労を積み赤川の水流を導き来って当市を横流せしめ滾々たる淸泉ここに噴出するを見るに至る」より引用したものです。
これからも函館の水道が、淸水のようにこんこんとわき出て永遠に街を潤していくことを願い、平成元年(1989)函館水道創設100周年を記念してこの噴水池を建設しました。

管理棟

2008年7月21日撮影。現在も管理事務所として利用されている煉瓦造りの建物。