トラピスト修道院(2008年)

トラピスト修道院へ続く道

2008年7月26日撮影。北斗市、トラピスト修道院へ続く一本道。

トラピスト修道院〜草原

2008年7月26日撮影。トラピスト修道院前の原っぱ。冬は一面、雪野原となる。

トラピスト修道院からの眺め

2008年7月26日撮影。トラピスト修道院前からの眺め。並木道の先に津軽海峡が見える。

トラピスト修道院

2008年7月26日撮影。トラピスト修道院を正面から。

修道院の由来、沿革が記された看板の内容は以下のとおり。

トラピスト修道院の由来
正式名は、厳律シトー会灯台の聖母大修道院という。
明治29年(1896年)フランスから数名の修道士たちが木造の修道院を建てた。
日本で、最初の男子修道院であります。
トラピストの生活は、祈り、労働、読書(聖なる書物)で、その1日は、祈りにより始まり祈りによって終わります。
創立以来、畑の開拓、農耕、牧畜、酪農に力をいれ、ホルスタイン乳牛の輸入をし、その普及は北海道の酪農振興に多大な貢献をいたしました。
明治36年、木造の修道院は焼失した。
現在の二階建本館は、明治40年着手し翌年完成しております。また聖堂は昭和49年に建てられたものです。
トラピストでつくられるバタークッキーは今では北海道を代表する特産品として全国的に広がり、上磯町が誇る一村一品であります。
日々、たえることなく鳴りひびくアンジェラスの鐘、黙々と祈りと労働を持って神に仕える修道士の姿、ここには異国にみる聖地の情景があり訪れる人々の心を和らげます。
 
 
トラピスト修道院の沿革
明治29年(1896年)にフランスから数名の修道士が来日して、津軽海峡を眼下に臨む当地にトラピスト修道院を設立しましたが、トラピストの歴史は古く、その起源は11世紀にまでさかのぼります。
聖ロベルト(1018年〜1111年)は、現在のフランス・シトーの地に新修道院を創設し(1098年)、ここからシトー修道会が生まれました。
そして、1664年、シトー修道会に属するトラップ修道院(フランス)で、より厳格な生活を望む改革運動が起こり、この流れを汲むものをトラピストと呼ぶようになりました。
トラピスト修道院はカトリック教会に属し、日本国内には七つの修道院(その内五つは女子でトラピスチヌとして知られています)を持ち、国外には137の修道院(その内、50は女子)があります。聖書の教えと、聖ベネディクト(480年〜547年)の修道戒律に従い、「祈り・労働・聖なる読書」を中心とした観想生活を送っています。