旧東照宮と権現台場跡周辺(2008年)

旧東照宮と権現台場跡

2008年7月26日撮影。函館市設置の観光標識の内容は次のとおり。

旧東照宮と権現台場跡(ごんげんだいばあと)
東照宮は、元治元年(1864年)五稜郭が完成した時、その鬼門(東北)の守護神とするため、日光東照宮から分霊奉造を受けた日高様似の等澍院から東照大権現を分霊して、上山村(現市内神山町)に建てたのが始まりである。
明治元年(1868年)五稜郭を占拠した旧幕府脱走軍は翌2年五稜郭北面守備のため四稜郭を急造、さらに五稜郭との重要な結節点にあたる東照宮に砲台(権現台場といわれている。)を設けた。しかし、同年この砲台は新政府軍の攻撃を受け、東照宮も社殿を焼失した。
東照宮は、その後、箱館の天祐庵(現在の青柳町天祐寺)など転々としたが、明治12年(1879年)宝来町に移り、平成3年(1990年)に陣川町に移転した。
この大鳥居は、五稜郭や弁天台場の石垣造りを担当した石工井上喜三郎の作で、箱館戦争の砲火にも壊されずこの地に残った。
函館市

神山開基三百年記念碑

2008年7月26日撮影。函館市内神山地区の由緒が記された開基三百年記念碑。碑の内容は次のとおり。

貞享元年(1684年)この神山の地に七戸の人佐四郎が鍬を入れて以来開拓に精進された多くの先達の労苦に感謝し神山永久の繁栄を願いここに記念の碑を建立する

昭和60年5月 神山開基三百年記念協賛会 会長 長崎喜久夫