亀戸天神

学問の神菅原道真を祀る下町の亀戸天神社。多くの人で賑わっている。

受験、就職、それとも梅まつりだからなのか、社殿前には参拝に並ぶ列が出来ていた。

亀戸天神正面の鳥居

2011年2月27日撮影。亀戸天神鳥居、奥にはスカイツリー594m。

江東区設置の説明板「江東みちしるべ」の内容は次のとおり。

亀戸天神

KAMEIDO TENJIN SHRINE

由来

江戸時代から学問の神様として信仰を集め、梅や藤の名所として庶民から親しまれてきました。

寛文2年(1662)九州太宰府天満宮の神職が、飛梅の木で菅原道真の像を作り、祀ったのが創建といわれています。

毎年1月24日、25日に「うそ替え神事」が行われ、前年のウソを納め、新しいウソを求めると「凶もウソとなり吉にトリ替わる」といわれており、檜の一刀彫のウソに人気があり、たくさんの人々でにぎわっています。

境内の石碑

2011年2月27日撮影。境内にはたくさんの碑が並んでいる。通称「マッチの碑」なるものもあった。

梅の花

2011年2月27日撮影。梅まつり、と言うだけあって花の咲き具合は素晴らしい。

紅梅殿

2011年2月27日撮影。「紅梅殿」とのこと。由来が記された説明板の内容は次のとおり。

紅梅殿

御本社と時を同じくして寛文2年(1662)に太宰府天満宮の御神木「飛梅」の実生を勧請し、社殿前に奉斎したのを起源とし、昭和63年に現在地に再建される。

社殿

2011年2月27日撮影。参拝するための長い人の列ができていた。

亀戸天神社殿

2011年2月27日撮影。花と絵馬と社殿。

御神牛

2011年2月27日撮影。牛嶋神社の撫牛と似たようなものかと思いきや、まったく異なるもの。

由来を記す説明板の内容は次のとおり。

御神牛

天神様・菅原道真公は、承和12年(845)「乙丑の年」の6月25日にお生まれになり、延喜3年(903)2月25日に太宰府の配所でお亡くなりになりました。

葬送の列が進む中、御遺体を乗せた車を曳く黒牛が臥して動かなくなり、これは道真公の御心によることと、その場所を墓所として定められました。

その後、そこに社殿を建立し、御霊をお祀りしたのが太宰府天満宮の起源で、この年も「乙丑の年」でした。

また、道真公が京都から太宰府へ下向の途中、白牛によって危難から救われたという故事も伝えられています。

このように道真公と牛との御神縁は殊の外深く古来より信仰されて来ました。

この神牛の座像は昭和36年、御鎮座300年祭にあたり御社殿の復興とともに奉納されたものです。

5歳の道真公像

2011年2月27日撮影。5歳の菅原道真の像とのこと。同じく、由来を記す説明板の内容は以下のとおり。

五歳の菅公

昭和52年の御神忌1075年大祭記念として奉納される。

台座に道真公の5歳の時庭前の紅梅を詠まれた和歌を刻す。

美しや 紅の色なる 梅の花 あこが顔にも つけたくぞある

シェアする