室蘭市絵鞆岬と地球岬

2004年10月訪問の室蘭市絵鞆岬と地球岬。

絵鞆岬

2004年10月撮影。絵鞆岬。

絵鞆岬地名由来板

2004年10月撮影。絵鞆岬の地名由来板。内容は次のとおり。

絵鞆(えとも)岬

室蘭発祥の地。絵鞆とはアイヌ語のエンルムから転じたもので「突き出ている頭」「岬」というのが語源。

絵鞆は江戸時代から明治維新まで室蘭地方の地名であった。地図の上では、蝦夷の古地図として知られる正保日本図(1648年頃)にエントモと書かれている。

慶長年間の初め松前藩の直轄所(漁業基地)として開かれ、交易所で通行人の宿泊もできた運上屋が置かれた所であり、夏季にはアイヌと交易するため、松前藩の弁財船が絵鞆の澗に出入りした。

絵鞆岬と東の丘上にあったチャシ(砦)遺跡や周辺の貝塚からは、縄文早期(約9千年—6千年前)からアイヌ時代(約8百年—百年前)に至る貴重な出土品が数多く見られた。

ちなみに、絵鞆岬展望台は船の形をしており、とてもユニークである。展望台に設置された室蘭市の説明には、次のように記載されていた。

絵鞆岬展望台

絵鞆は、アイヌ語のエンルム(「突き出ている頭」・「岬」)を語源とし、慶長年間(1596〜1614)にアイヌの人達との交易の場・絵鞆場所が開かれ、交易・交通の中心地となったことから、室蘭発祥の地とされている。

また、寛政8年(1796)には、絵鞆沖にイギリスの探検船プロビデンス号が来航し、天然の良港「エンデルモ(エトモ)・ハーバー」(室蘭港)や「ボルケイノ・ベイ」(噴火湾=内浦湾)を世界に紹介した。

この展望台は、これらの歴史を背景に、室蘭市開港120年市制施行70年の節目の年に、室蘭市の新たな旅立ちと自らが発見者・チャレンジャーとなるよう、未知なる大海原へ船出した帆船をイメージして作られた。

平成4年12月 室蘭市

地球岬

2004年10月撮影。ところかわって地球岬。噴火湾を一望する眺望は圧巻。

噴火湾

2004年10月撮影。天気が良ければ駒ヶ岳まで見ることができるらしい。

地球岬の由来板の内容は次のとおり。「地球岬」というネーミングが、アイヌ語に由来していたということはまったく知らず、勝手に後代になって適当に付けられたものかと勘違いしていた。

地球岬

語源の「ポロ・チケップ」(親である断崖)が、チケウエ→チキウと転訛し、「地球岬」という当て字が使われました。

地球岬は、昭和60年の「北海道の自然100選」(朝日新聞社)、昭和61年の「あなたが選ぶ北海道」(北海道郵政局)で、それぞれ第1位になりました。以来、たくさんの観光客が訪れていますが、この展望台に立つ人たちに、地球の円さと自然の雄大さを実感させてくれます。

あなたのいま立っている広場(海抜147.5m)は、地球の100万分の1の大きさ(直径12.8m)で、室蘭を中心にしたユニークな世界地図を描き、各大陸の主要都市名は、その国の母国語で記しています。

ここの海岸線は、100m前後の断崖絶壁が連なり、晴れた日には、対岸に駒ヶ岳、遠くは恵山岬や下北半島をも望むことができます。

また、地球岬沖は、鯨・イルカウオッチングでも知られ、夏から秋にかけて、この展望台からもイルカの群れが見られることがあります。

贈 室蘭異業種交流会 室蘭原起会

(平成7年5月 設立5周年記念)