下の道

墨堤通り沿い、白鬚橋交番から少し進んだ、一見団地内の共用通路のような場所。

説明板が設置されており、歴史ある道であることが記されている。

現況から当時を想像することはかなり難しい。

下の道

2011年6月5日撮影。

下の道

2011年6月5日撮影。説明板の内容は以下のとおり。

下の道

承和2年(835)の太政官府に「武蔵国下総両国堺、住田河四艘・・・」の記載がみられます。住田渡(隅田渡)は現在の白鬚橋辺と考えられ、大正3年(1914)の架橋頃まで、永々と続く隅田渡がありました。古代東海道の官道であり、鎌倉街道、奥羽・水戸街道などの道すじにもなっていました。

この墨田堤を下る道も古道で、古くから「下の道」と呼ばれ、鎌倉街道の「下の道」とも想定されます。源頼朝が敵対する常陸国の佐竹氏討伐に、また奥州征伐にも使用された道とも考えられます(吾妻鏡)。

さらに時代が下り、戦国時代には国府台合戦の小田原北條軍の使用路でもあり、郷土の歴史を知るうえからも貴重な道すじです。

平成12年3月

監修 墨田区教育委員会

施主 東京都住宅供給公社

シェアする