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亀戸天神社御鳳輦渡御祭

2010/09/1 東京編 kiichi.murata

亀戸天神社御鳳輦渡御祭

2010年8月21日、錦糸町駅前にて撮影。4年に1度、大祭のときに巡行する御鳳輦渡御祭(ごほうれんとぎょさい)。写真は黒い馬が牽引する馬車。御鳳輦とは中国から伝わったもので、中国の天子や位の高い僧侶が乗る乗り物のこと。それを馬ではなく黒い牛が引くそう。
白髭神社大祭といい、東京に来てすぐに4年に一度の祭りを見ることが出来て感激。タイミングが悪かったら一度も見ることが出来ないので。

墨堤通り沿い早朝散歩

2010/08/30 東京編 kiichi.murata

墨堤通り沿い早朝散歩

2010年8月26日撮影。早朝なのでさすがに車の通りは少ない。スカイツリーへと続いているかのように見える墨堤通り。

2010年8月26日撮影。墨堤通りと東白髭公園との間には高層マンション(都営住宅)が連続しているが、その間を縫うように隅田川神社の鳥居と参道が続いている。奥に進むと隅田川神社。

2010年8月26日撮影。榎本武揚と言えば、道南、函館でもよく耳にする歴史上の人物のひとり。晩年に向島で過ごしたというのは知らなかった。

以下は墨田区教育委員会設置の説明版の内容。

榎本武揚の像
所在 墨田区堤通2丁目26番3号 梅若公園内
武揚は、天保7年(1836)下谷(現台東区)の通称(…続きを読む)

元町配水場(2008年)

2010/08/22 函館市 kiichi.murata

元町配水場(2008年)

国内では横浜に次ぐ古い近代水道。さらに、日本人の設計・工事によるものとしては国内最古の施設である。

2008年7月21日撮影。

元町配水場に関する函館市設置の観光標識の内容は以下のとおり。

函館の上水道
函館の水道は、明治22年(1889年)に完成した日本で二番目の近代水道である。日本最初の水道は横浜で、これは外国人の設計監督により明治20年(1887年)に完成した。日本人の工事監督によるものとしては、函館の水道が日本で最初のものであり全国的に有名である。函館は昔から水利の便が悪く、また津軽海峡に突き出た地形のため年間を通して風が強く、火災が発生するとたちまち大火となり、多くの犠牲者が(…続きを読む)

2010年道東の旅

2010/08/21 道東 kiichi.murata

2010年道東の旅

夏休みで北見の実家に帰省し、ついでに昔住んでいた遠軽町にドライブ。
気温は意外にも高かったものの、湿度の低いジリジリした暑さ。夜は涼しく非常に快適。

実家の向かいに広がるタマネギ畑。タマネギは北見市の名産品。

恥ずかしながら、最近北見で売り出しているという「塩焼きそば」を初めて食す。北見塩焼きそばの元祖、ホテル黒部。

ホテル黒部の向かいは、歴史的建造物である北見市役所。私が高校生の頃もかなり老朽化していたが、今年もまだ現役で活躍中。窓ガラスの縁に張られたビニール、ガムテープが建物の古さを際立たせている。

夜は念願の四条ホルモンへ。昨年は混雑しており入れなかったため、今年は予約して(…続きを読む)

高田屋嘉兵衛銅像(2008年)

2010/08/16 函館市 kiichi.murata

高田屋嘉兵衛銅像(2008年)

2008年7月21日撮影。函館の発展に多大な貢献をした高田屋嘉兵衛の銅像。司馬遼太郎の小説『菜の花の沖』の主人公としても描かれた。

函館市設置の観光標識の内容は以下のとおり。

高田屋嘉兵衛銅像
この銅像は、嘉兵衛の功績を称えるとともに、箱館開港100年を記念して昭和33(1958)年に建てられた。制作著は函館出身の彫刻家、梁川剛一である。 嘉兵衛は明和6(1769)年に淡路島に生まれ、28歳のとき箱館に渡った。文政元(1818)年に故郷に帰るまで、箱館を基地として造船・海運業・漁場経営などを手がけ、国後島・択捉島の航路や漁場を開発し、函館発展の基礎を築き、大きな業績を残した。 さらに、ゴ(…続きを読む)

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