青雲寺と馬琴の筆塚

花見の名所として大いに賑わったと言われる荒川区の青雲寺。境内には大量の筆を消費したとされる馬琴の筆塚もある。

青雲寺と馬琴の筆塚

青雲寺と馬琴の筆塚

いずれも、2012年2月19日撮影。

荒川区教育委員会による説明は以下のとおり。

滝沢馬琴の筆塚と花見寺(青雲寺)

青雲寺は臨済宗の寺院で浄居山と号する。宝暦年間(1751〜64)、堀田相模守正亮の中興と伝える。江戸時代の中頃より「日ぐらしの里」と呼ばれ、庶民に親しまれたきたこの地は、四季折々の花を楽しむ人々で賑わった。そのため、青雲寺は修性院・妙隆寺(修性院と合併)などとともに、花見寺ともいわれていた。

現在、谷中七福神のひとつ「恵美寿」が祀られている。境内には、滝沢馬琴の筆塚の碑(文化6年 1809)をはじめ、硯塚の碑(寛政10年 1798)、日暮里船繋松の碑、狂歌師安井甘露庵の碑など、江戸を代表する文人の碑が多く残っている。

荒川区教育委員会

 

滝沢馬琴筆塚の碑(青雲寺)

戯作者滝沢馬琴(1767〜1848)は精力的な著作活動のうちに多量の禿筆(使い古しの筆)を残した。これを供養するため、文化7年(1810)に築いたのが筆塚である。文化6年銘のこの碑には、建立の由来、馬琴の生い立ちを業績が記されている。題字の「瘞聿冢名」は、国学・漢学・考証学者で著名な狩谷棭斎筆。由来は儒学者亀田鵬斎が撰文し、自ら筆をとった。日暮里と文化人とのかかわりを知る上で貴重な碑である。

 

にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 道南情報へ

馬喰横山

馬喰町。「馬喰」とは、かつて「伯楽」、「博労」と呼ばれた、牛馬で生計をたてていた人々を表す。現在は、衣料品卸問屋街として有名な地域である。なお、ほとんどの店舗は小売り対応しないため注意が必要だ。

馬喰横山

2012年2月18日撮影。馬喰町の問屋街。一見、普通の服屋さんに見えるものの、ほとんどの店に「小売りはいたしません」と書かれた紙が貼られている。

馬喰横山

2012年2月18日撮影。馬喰町横山町仲通り。

馬喰横山

2012年2月18日撮影。馬喰横山駅に置かれている馬の像。その横に駅名解説のプレートがあった。内容は以下のとおり。

 

「駅名由来」

馬喰横山駅

寛永図によると、橋本町(現在の日本橋本町)の辺りを横山片町と記してある馬喰町南北は、共に古く横山村の域内であり、その横山片町の北側はすべて寺院であった。馬喰町の博労師のことは、天正18年の日記に「たかぎと云う馬くろ、ゆいしょ申出る、馬場の地の絵図いたす」とあり、後世まで町名主の家とした馬喰を博労とも当時は書いたが本来は伯楽を本字とした。

伯楽とは、馬医とか、牧人、馬商等を総呼する言葉である。いずれにしても馬に関係する家業の人々が始めた町であった。

横山町は馬喰町の南側にあり、西側に本町、大伝馬町、東側に両国広小路になっていた。北条の役帳に「五貫三百文、江戸横山分」と記してあり、小さな村名と想われるが、初めは、横山何某の所有地であった。

このように由緒ある馬喰町、横山町の二つの地名を合せて馬喰横山駅となった。

 

にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 道南情報へ

LAMY Safari 万年筆

愛用のLAMY Safari 万年筆。数年前、万年筆が欲しくて購入したもの。

価格的にも長く使える入門用として最適。

私は手帳書きには使用しないので、ペン先はFで調度良いが、細い字で書きたい人はEFがおすすめ。(実際、EFでもやや太く感じる。)

インクはカートリッジが入った状態だったが、コンバータにすぐに変更。最初はブルーインクを使用していたが、今はブラックにしている。

LAMY インクのボトルは、ご丁寧なことに拭き取り紙がボトムに内蔵されている。

 

lamy safari

 

・リンク

http://www.lamy.jp/products/safari.html

 

にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 道南情報へ