中村長八郎
慶応3年(1867)、初代大野郵便局長を務めた中村長兵衛(弘化2年・1845年生)の長男として生まれ、大野出身で初めて道議会議員になった。明治37年(1904)、38歳で道議会議員に当選し一期務め、その後2代目大野郵便局長となる。明治42年(1909)の農事試験場(現道南農業試験場)の設置にあたり、自らの土地を提供して誘致に尽力した。その他大正14年(1925)には、函館と大野の間に電車を走らせようとした大野電軌株式会社(のちに大函電鉄)の設立発起人にもなった。この計画はある程度工事は進められたが実現できなかった。
八郎沼(長八郎の名にちなんで名付けられた沼)で鯉を飼い、鯉料理で収益を得る目的で沼周辺を整備したが、昭和6年(1931)志なかばで亡くなった。


