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Kiichi

函館開港150周年

道南の地名由来

 
 

函館市

室町時代の享徳3年(1454年)、津軽の豪族 河野政通が宇須岸(ウスケシ:アイヌ語で湾の端の意)と呼ばれていた漁村に館を築き、この館が箱に似ているところから「箱館」と呼ばれることになりました。この館跡は今の基坂を登ったところです。
明治2年(1869年),蝦夷が北海道となり、箱館も函館と改められました。*1

七飯町

町名の由来はアイヌ語の「ナムナイ」(冷たい川の意)より。*2

鹿部町

町名の由来はアイヌ語の「シケルペ」(キハダのあるところの意)から。 一時期、野生の鷹の多さから「鷹待(たかまち)」と呼ばれ、鷹が幕府への献上品とされた時期もあった。*3

北斗市

大野町(現在合併により北斗市)

・広い野原だったことによる説
・当地への移住者の郷土名による説
・アイヌ語の「オンネ」(大きい方の意)の意訳による説
   ・・・以上の3説があります。*4

上磯町(現在合併により北斗市)

■町名の由来
 「上磯」という名称は、明治2年に蝦夷地が北海道に改められ、11国86郡が置かれたときに、渡島国の中の「上磯郡」として初めて用いられました。
 北海道では古くから、東を下、西を上という習慣があり、函館を中心に東は下海岸と称され、西を上海岸、つまり、「上磯」と称されるようになったと伝えられていますが、定かではありません。
 町村名として称されるようになったのは明治12年で、当時の有川村と戸切地村との合併の際に、両村の「村命付与願」により、函館県令・時任為基が命名したとあります。*5

森町

 古くからアイヌ語でオニウシ(樹木の多くある所)と呼ばれていた森町は、漁業の地として知られ江戸時代初期より、箱館周辺の漁民がニシンなどのさかなを求めて出稼ぎに来た所でした。*6

町名の由来はアイヌ語の「オニウシ」(樹木の多くある所の意)の意訳。 北海道で唯一「町(ちょう)」ではなく、「町(まち)」を称する自治体。*7

砂原町(現在合併により森町

町名の由来はアイヌ語の「サラキウシ」(鬼茅のある所の意)から。*8

八雲町

町名は明治14年に徳川慶勝卿が、豊かで平和な理想郷建設を願って、古事記所載の「八雲立つ 出雲八重垣妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」を引いて名付けました。*9

熊石町(現在合併により八雲町

 町名の「熊石」は、アイヌ語の「クマウシ」で「魚を乾かす竿のあるところ」という意味から名付けられたといわれていますし、郡名の爾志もアイヌ語の「ヌーウシ」で「豊かな漁場」を意味します*10

長万部町

北海道内の多くの地名同様アイヌ語に由来し、「オ・サマム・ペツ、川尻が横になっている」という説です。*11

木古内町

「きこない」といわれるようになったのは、寛永年間(1624〜1643)に松前藩が領内を巡行し、全島の地図を作らせたときに付けられたのが始めとされている。
これは、アイヌ語の「リコナイ」(高く昇る源)、または「リロナイ」(潮の差し入る川)から転訛したものといわれるが、明治以前の文献には「リコナイ」の名は見当らず、アイヌ語の転化、または文献によって語源を考証するなら「リロナイ」が正しいと解してよい。(木古内小学校創立百周年記念誌より)*12

知内町

町名の由来はアイヌ語の「チリ・オチ」(鳥・居るところ)の意味から。*13

福島町

福島についてはアイヌ語でオリカナイ(折加内)と言われてきたが、これはアイヌ語のホロカ ナイ=潮が入ってきて河水が逆流する川という意味である。(永田方正筆『北海道蝦夷語地名解』)つまり、現在の福島川の河口付近が大谷地になっていて、河水が滞流し、そこに海水が入り込んでいたことを地名としたものである。寛永元年(一六二四)月崎神社の御神託により、藩に願い出て福島村と改村したといわれている。この福島の地名については、現在の松前町の城跡地域を古くは福山と呼んでおり、それに対する福島なのか、本州対岸の青森県内の福島の地名を吉祥字として吸収して地名としたのかは定かではない。*14

松前町

松前の様子が歴史上初めて現れるのは、14世紀の『諏訪大明神画詞』のなかの「万堂宇満伊犬(まとうまいぬ)」という地名です。同書によると東北の大海の中央に蝦夷島があり、日の本(ひのもと)・唐子(からこ)・渡党(わたりとう)の三類が居住していたと言われています。
 松前町内の地名は、アイヌ語を漢字で表したものが多く、「松前」という語源もアイヌ語にあると考えられています。「婦人の居るところ」つまり、アイヌの住む地に和人の女性も住むという珍しさを表したものだと思われます。*15

上ノ国町

1 町名の由来
 15世紀前期、津軽の安東氏は上ノ国と下の国の両氏に分かれており、この地は上ノ国安東氏の拠点であったことに由来します。*16

江差町

町名「江差」はアイヌ語「エサシ」(昆布の意)からでたもの。
安政元年箱館奉行の支配となり、明治2年7月函館県に属し、同年9月弘前県に合併され、同年11月青森県に属した。同5年開拓使函館支庁の所属となり、町役人を廃し、戸長役場を設置した。同30年檜山支庁の設置により、その管轄となった。同33年7月1級町村制を施行、町名を「江差町」とした。昭和30年2月江差町と泊村が合併し、新たに江差町となり現在に至っている。*17

厚沢部町

<町名の由来>厚沢部とは、アイヌ語「ハチャムベツ」から「アツサブ」に転化したもので、「桜鳥川」の意である。*18

乙部町

乙部とは、アイヌ語「オ・ト・ウン・ペ=川口に・沼・ある・もの」から転化したもので、川は現在、姫川と命名されています。*19

今金町

 北海道開拓の気運の高まりの中、明治中頃には後志利別川流域の各地区に開拓者たちが、入地してきました。明治24年、神丘(インマヌエル)に志方之善他が入植、2年後に今村藤次郎、金森石郎ら15戸が今金に入植し、同29年市街地の設置を計画。宅地を129区画に割り、役場、警察の予定地を設けるなど、今日の今金の基礎をつくりました。明治30年瀬棚町から分村し、利別村となりました。 昭和22年10月1日、町制施行を機会に、開拓の先駆者であった今村藤次郎、金森石郎の二人の姓の冠字をとり、「今金町」と改称しました。*20

せたな町

町村合併の際、新町名を公募して「せたな町」となりました。*21

瀬棚町(現在合併によりせたな町)

町名の由来はアイヌ語の「セタルペシュペナイ」(犬が泳ぎ渡る川)が略された「セタナイ」から。*22

北檜山町(現在合併によりせたな町)

<町名の由来>北檜山とは、昭和30年、東瀬棚町と太櫓村の合併に際し、檜山地方の北部に位置することにより命名した。*23

大成町(現在合併によりせたな町)

町名は1955年に久遠村と貝取澗村が合併した際、町の発展を願って名付けられた。*24

奥尻町

1720年 享保5年 新井白石「蝦夷志」を著す。本島の記事及び附図に奥尻の文字をあて、郡村名共に現在にいたる。*25

古いアイヌ語の「イクシュン・シリ」その後「イクシリ」と訛ったもので、イクは「向こう」、シリは「島」の意味である。*26


*1 函館市の概要」 http://www.city.hakodate.hokkaido.jp­/gaiyou/ 作成:函館市
*2 七飯町」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%­83%E9%A3%AF%E7%94%BA 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
*3 鹿部町」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B9%­BF%E9%83%A8%E7%94%BA 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
*4 「町の概要」 http://www.town.ono.hokkaido.jp/cont­ents/kihon-gaiyo.htm 作成:大野町 リンク切れ
*5 「地勢・人口・町名の由来など」 http://www.town.kamiiso.hokkaido.jp/­info/ 作成:上磯町 リンク切れ
*6 森町の歴史」 http://www.town.hokkaido-mori.lg.jp/­moriweb/02gyosei/01whatmori/whatmori­01-03.html 作成:森町
*7 森町(北海道) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%­AE%E7%94%BA_%28%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9­%81%93%29 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
*8 「砂原町」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A0%­82%E5%8E%9F%E7%94%BA 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
*9 八雲町INFORMATION」 http://www.town.yakumo.lg.jp/summary­/ 作成:八雲町
*10 「熊石町の歴史」 http://www2.town.yakumo.hokkaido.jp/­kumaishi/hello/thistory.html 作成:熊石町
*11 長万部町の歴史」 http://www.town.oshamambe.lg.jp/hist­ory/ 作成:長万部町
*12 「地名の由来」 http://www.town.kikonai.hokkaido.jp/­timeinoyurai.htm 作成:木古内町
*13 知内町」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%­A5%E5%86%85%E7%94%BA 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
*14 福島町史 第二巻 通説編上巻」 http://www.town.fukushima.hokkaido.j­p/chiyohshi/mokuji/index.html 作成:福島町史研究会
*15 「古代・中世の松前」 http://www.e-matsumae.com/2rekisi/ko­daityuusei.htm 作成:松前町
*16 上ノ国町の概要」 http://www.town.kaminokuni.lg.jp/mat­i/mati.htm 作成:上ノ国町
*17 「町の概要」 http://www.hokkaido-esashi.jp/gaiyou­-index.htm 作成:江差町
*18 厚沢部町(あっさぶちょう)」 http://www.fbc.keio.ac.jp/~endoh/hok­kaido/hiyama-shicho/assabu/assabu.ht­m 
*19 乙部町の紹介」 http://www.town.otobe.lg.jp/web/PD_C­ont.nsf/0/F1A95481FA45A1D149256E1600­29F743?OpenDocument 作成:乙部町
*20 「今金の草創」 http://www.town.imakane.lg.jp/web/PD­_Cont.nsf/0/4FB8C4B45EA9133149256F8D­00296D24?OpenDocument 作成:今金町
*21 「町名の由来」 http://www.town.setana.lg.jp/modules­/tinycontents/index.php?id=50 
*22 瀬棚町 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%80%­AC%E6%A3%9A%E7%94%BA 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
*23 「北檜山町」 http://www.fbc.keio.ac.jp/~endoh/hok­kaido/hiyama-shicho/kitahiyama/kitah­iyama.htm 
*24 「大成町」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%­A7%E6%88%90%E7%94%BA 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
*25 奥尻町年表」 http://www.dosanko.co.jp/okushiri/wh­y/why02.html 作成:奥尻町 リンク切れ
*26 奥尻町の位置・地勢について」 http://www.town.okushiri.lg.jp/gaiyo­/ichi_chisei.html 作成:奥尻町

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