大野村
案内板は大野小学校と郷土資料館入り口に設置されています。
案内板
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大野村 大野の地名の由来は、広い原野だったという説、移住者の郷土名による説、アイヌ語説があるが、どれも決定的な確証がない。 大野村が歴史に初めて登場するのは、寛文9(1669)年、松前藩とアイヌ民族との戦いで、松前藩救援の津軽藩が大野村に滞留したとある。同年の『津軽一統志』には、「大野村の戸数二十戸ばかり」と記され、1600年代には集落が形成されていたと考えられている。 水田も徐々に開かれ、文化2(1805)年箱館奉行は大開田のため会所(現在の大野小学校敷地)を置いた。町並みも整い宿場町の体を成し、「人馬往来多く内地五街道のごとし」といわれるほど賑わった。 明治13(1880)年、大野村ほか5ヵ村(市渡、本郷、文月、千代田、一本木)の戸長役場が設置され、人口も急速に増加して7千人に届き、明治33年には6ヵ村が統一し、1級町村に格付けされた。 区域は現在の本町、開発、清水川、南大野、向野の5つの字である。 平成15年8月吉日 大野町教育委員会 平成18年2月1日より北斗市教育委員会 |


