史跡 上ノ国勝山館跡
夷王山墳墓群
- 火葬した骨を箱に納めて埋葬したもの。
- 遺体を折り曲げ北枕に土葬したもの。
仏教様式の墓と思われるが、アイヌ葬法の墓もある。
これらの墳墓群には、勝山館を築いた武田信広やその一族などが眠っていると考えられる。
勝山館のあゆみ
勝山館:松前氏初代武田信広(蠣崎季繁の娘婿)が1470年頃に築いた山城。
- 1514年、2代蠣崎光広が松前進出し、安藤氏の夷島代官になる。これにともない、勝山館は大館(松前)の脇館となる。以後、慶長年間(1596〜1614)初めまで城代が置かれた。
- 5代蠣崎慶広、豊臣秀吉・徳川家康から夷島の主と認められ、名前を松前と変えた頃、勝山館は檜山番所(官府と呼び上ノ国に置かれた)へと引き継がれた。
- 1678年、檜山番所は江差へ移り檜山奉行所となる。
勝山館と日本海交易
勝山館からは10万点ほどの様々な種類のものが発掘されている。
- 陶磁器・鉄・銅・漆器・木製品・骨格器・石・土製品など。
- 陶磁器はすべて本州から運ばれたものだが、中国製・日本製のものがある。
- 鉄砲(玉)、キセル(タバコ)など、外国に日本に入ってきたばかりのものも勝山館に伝わる。
- 1485年、北夷(今のサハリンである樺太)から「銅雀台瓦硯」(中国製)が武田信広に献上され、1920年頃まで松前氏の家宝になっていた→北との交易が盛んだったことを示す。
参考資料
- 上ノ国町教育委員会発行パンフレット「史跡上ノ国勝山館跡」
勝山館跡ガイダンス施設
住所:檜山郡上ノ国町字勝山
電話:01395−5−2400
開設期間:毎年4月第4土曜日〜11月第2日曜日
開館時間:午前10時〜午後4時
入館料:200円(小・中・高生100円)
休館日:毎週月曜日(祝日と重なる場合は翌日)、国民の祝日の翌日


