ハッカ記念館

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北見市内ではピアソン記念館と並び知られたハッカ記念館。北見でも今ではほとんど栽培されていないが最近はタマネギにその座を奪われつつあるが未だ北見の代名詞となっている。

北見指定文化財
ハッカ記念館
当地での本格的なハッカ栽培は、明治30年代半ばに上湧別から種根を譲り受けて始まったと言われており、その後、作付面積が急増して当地の基幹産業となったが、これを支えたのが、北見薄荷工場の建設と言えよう。北見薄荷工場は昭和9年に操業開始し、昭和14年(1939年)頃には、世界のハッカ市場の7割を占めるほどになったが、戦後、合成ハッカの台頭などにより出荷量が減少し、昭和58年に閉鎖された。 ハッカ記念館の建物は、薄荷工場の事務所兼研究室として昭和9年(1934年)から工場閉鎖時まで使用されていたもので、当地方のハッカ産業を物語る貴重な文化財のひとつである。
平成8年7月8日指定 北見市教育委員会