大岡昇平『野火』新潮文庫

フィリピンにおいて敗走を続ける日本兵。疲労と飢えの中、極限状態における人肉食への誘惑と葛藤が描かれる。人肉食という極めて衝撃的な出来事にも関わらず、全体を通じて一歩引いたような無感情な淡々とした空気が流れている。不思議な感覚。

読みが浅いと言われればそれまでながら、人肉食という部分だけがとかく注目されがちな本作、実はもっと違うことを伝えたかったのではないか、と感じるくらい、人肉食との葛藤の部分はごく一部で、戦地において病を持った兵士の扱われ方、兵士の命の扱われ方、戦地での人の命などが主題なのではなかったかと朧気に感じた次第。

とかく普遍と思われる命の重さが、時代、場所、状況等による相対的なものであることをあらためて実感させられた。