洋式帆船「箱館丸」

洋式帆船「箱館丸」

洋式帆船「箱館丸」

洋式帆船「箱館丸」

洋式帆船「箱館丸」

洋式帆船「箱館丸」

洋式帆船「箱館丸」

洋式帆船「箱館丸」

  • 2018年6月30日撮影。

説明板

洋式帆船「箱館丸」

日本最初の洋式帆船「箱館丸」
幕府は、安政元年3月、日米和親条約を締結、下田箱館の2港が開港されることとなった。
箱館奉行所では、幕府に対し蝦夷地の警備および、開港に伴う外国船舶との交渉上、奉行所所属の船舶が必要となり、箱館で造ることを申請し許可されたため船大工續豊治に造船の命令をくだし、安政4年11月完成、船名を「箱館丸」とした。
日本造船界に偉大なる貢献をもたらしたこの「箱館丸」は、日本人の創造設計による日本で最初に造られた洋式帆船であり箱館(函館)の人により箱館(函館)で造られたことに意義深いものがある。
續一郎・弘前市立弘前図書館・市立函館図書館資料提供

寄贈者

洋式帆船「箱館丸」

寄贈者
三笠市 続 博(設計建造者 続 豊治 六代目)
函館市 加藤 曻(函館市功労者)
この箱館丸は青函トンネル開通記念博覧会(昭和63年7月9日〜9月18日)に復元展示されたものを上記の方のご厚意により市に寄贈されたものです。
昭和63年11月19日

日本最初の洋式帆船か

Wikipediaを見ると、江戸幕府建造の「鳳凰丸」の竣工が1854年6月6日であり、箱館丸に3年ほど先行していたものと思われる。

「箱館丸」は日本初の洋式船と説明されることがあるが、君沢形や「鳳凰丸」のほうが先行しており、事実ではない。

「箱館丸」の設計は、ロシア人の指導に基づく君沢形とは異なり、外国人の直接の協力を得ないで行われた。続豊治による外国船調査のデータのほか、箱館の商人である渋田利右衛門所蔵の洋書も参考にされたという。なお、日本人による洋式船の独自設計という点でも初めてではなく、「鳳凰丸」などの先行例がある。

上記については、平山次清氏の論文中でも、以下のように述べられている。

伊豆の戸田にて建造された戸田号(君沢型)は、「ロシア人の設計・建造指導によるは国産洋式帆船」の濫觴、浦賀で建造された鳳凰丸は「純国産の洋式帆船軍艦の濫觴」、といった評価になると思われる。

場所

その他