東京編一覧

亀戸天神社御鳳輦渡御祭

御鳳輦渡御祭

2010年8月21日、錦糸町駅前にて撮影。4年に1度、大祭のときに巡行する御鳳輦渡御祭(ごほうれんとぎょさい)。写真は黒い馬が牽引する馬車。御鳳輦とは中国から伝わったもので、中国の天子や位の高い僧侶が乗る乗り物のこと。それを馬ではなく黒い牛が引くそう。

白鬚神社大祭といい、東京に来てすぐに4年に一度の祭りを見ることが出来て感激。タイミングが悪かったら一度も見ることが出来ないので。


墨堤通り沿い早朝散歩

墨堤通からスカイツリー

2010年8月26日撮影。早朝なのでさすがに車の通りは少ない。スカイツリーへと続いているかのように見える墨堤通り。

 

隅田川神社参道

2010年8月26日撮影。墨堤通りと東白鬚公園との間には高層マンション(都営住宅)が連続しているが、その間を縫うように隅田川神社の鳥居と参道が続いている。奥に進むと隅田川神社。

 

榎本武揚の像

2010年8月26日撮影。榎本武揚と言えば、道南、函館でもよく耳にする歴史上の人物のひとり。晩年に向島で過ごしたというのは知らなかった。

 

以下は墨田区教育委員会設置の説明版の内容。

 

榎本武揚の像

所在 墨田区堤通2丁目26番3号 梅若公園内

武揚は、天保7年(1836)下谷(現台東区)の通称三味線堀に生まれました。天性聡明で学問を好み、昌平黌で儒学を、さらに江川太郎左衛門の塾でオランダ語・英語を学びました。幕府の海軍伝習所が開設されると入所し、オランダ人教官より洋式海軍技術・蒸気機関・機械製造等を習得、当時未知の学問であった化学までも学びました。さらに文久2年(1862)にオランダに留学、国際法規も修めました。帰国後、軍艦奉行や海軍副総裁へと昇進、幕府海軍の柱となります。幕府が崩壊するや軍艦を率いて函館の五稜郭に拠り、薩長軍と戦いますが敗れて捕えられます。しかし、明治新政府内に彼の人物を惜しむ声が強く、明治5年許されました。当時難問とされた樺太帰属問題解決のため、海軍中将・特命全権公使としてペトログラードに派遣され、みごと交渉に成功します。その後、逓信・文部・外務・農商務の各大臣を歴任、枢密顧問官となり、功により子爵を授けられました。晩年は向島に住み、墨堤を馬に乗って散歩する等悠々自適の生活を楽しみ、同41年に73歳で死去しました。隅田公園内の「墨堤植桜之碑」や多門寺の「毘沙門天」の標石等、武揚の筆跡が区内の所々に残されています。

平成18年3月   墨田区教育委員会


初めての隅田川花火大会

隅田川花火大会at自宅ベランダ

昨夜は隅田川花火大会。買い物で訪れた北千住駅、自宅最寄りの東向島駅、いずれも浴衣姿の花火客で賑わっていた。

幸運なことにベランダから花火を見ることができたので、自宅でビールを飲みながらの花火見物。向かいのビルの屋上でも宴会が催されている。

 

享保年間に飢饉、コレラ死者を弔うために始まったというこの花火大会。かけ声で有名な「たまや」も、当時の花火業者「玉屋」に由来するとのこと。



隅田公園周辺(三囲神社、牛嶋神社)

都内を始め各地で猛暑日を記録したが、せっかくの休日なので自転車をこいで隅田公園近辺まで。

公園の途中、三囲神社の前を通る。

三囲神社

神社の鳥居ごしにスカイツリーをのぞむ。

昔、神社建設の際に出土した老翁神像のまわりを、突然現れた狐が三回回った、という言い伝えがもとになっているとのこと。

 

牛嶋神社

隅田公園に入るとすぐに立派な鳥居が目に入る。それが牛嶋神社。

 

撫牛

牛嶋神社には、体の悪い部位をなでると病気がなおる、という言われで有名な「撫牛」がある。

さっそく、頭を撫でてみた・・・。

 

以下は、撫牛像横に設置されている墨田区教育委員会設置の案内板の内容。

 

<墨田区登録文化財>

撫牛(なでうし)

所在地 墨田区向島1丁目4番 牛嶋神社内

撫牛の風習は、江戸時代から知られていました。自分の体の悪い部分をなで、牛の同じところをなでると病気がなおるというものです。牛嶋神社の撫牛は体だけではなく、心も治るというご利益があると信じられています。また、子どもが生まれたとき、よだれかけを奉納し、これを子どもにかけると健康に成長するという言い伝えもあります。
この牛の像は、文政8年(1825)ごろ奉納されたといわれ、それ以前は牛型の自然石だったようです。
明治初期の作家、淡島寒月の句に「なで牛の石は凉しき青葉かな」と詠まれ、堀辰雄は『幼年時代』で「どこかメランコリックな目ざしをした牛が大へん好きだった」と記すように、いつも人々に愛されてきました。

平成17年3月
墨田区教育委員会

 


ろうそく風なスカイツリー

ろうそく風なスカイツリー

今日の夕方、自宅ベランダからのスカイツリー。

うしろの方の雲が、ちょうどスカイツリーの先端部分にかかって、ろうそくの煙のように。

しかも、夕日をあびてオレンジ色。

偶然な風景。


東京のスーパーで見つけた北海道

近所のスーパー「ライフ」で見つけた北海道産の品。
アンテナショップも良いが、身近なスーパーで北海道(特に道南の産品)を探すのは楽しい。

探してみると結構見つかる。今回発見したのは平取のトマト、函館直送牛乳、そして塩辛。

塩辛については、作っている工場がちょっと前に住んでいた所と至近距離であるため、東京で出会えたことに感慨が深い。

 

 

北海道仕込みするめいか塩辛
「北海道仕込み するめいか塩辛」
製造は北斗市追分の株式会社三豊。近所に住んでいたので感慨もひとしお。

 

平取町産のトマト
平取町のトマト。
北海道でトマトナンバー1の平取町。北斗市も追い付け追い越せで頑張ってほしいです。

 

北海道函館直送3.8牛乳
「北海道函館直送3.8牛乳」
函館の牛乳。他の商品より30円ほど高く、ライフでは高級牛乳の位置づけ。


東向島散歩(H22.7.10)

今週末は天気が良く絶好の散歩日和であったため、自宅周辺を散歩。

 

 

向島百花園

まずは、向島百花園。江戸時代に骨董商佐原鞠塢らによって作られた民営庭園。

 

白髭神社

次は、白鬚神社。相当由緒ある神社のよう。ついこの前、4年に1度の大祭が行われていた。

 

子育地蔵尊

文化年間の堤防改修時に土中から発見されたと伝わる子育地蔵。

 

日本一きびだんご

子育て地蔵尊の向かいにある「日本一きびだんご」。あまりの蒸し暑さにより、きびだんごではなく、わらび餅を注文。外で食す。さっぱりとした甘さで美味なり。

 

わらび餅

これがそのわらび餅。たっぷりのきな粉、黒蜜をかけていただく。麦茶はサービス。懐かしいラムネも一緒に頂く。

 

地蔵坂通り商店街

最後は地蔵坂通り商店街。日にちによっては歩行者天国になる。

この日はシャッターを下ろしている店が多かったが、いつもは結構な人通りなり。


杜の都仙台へ

7月3日〜4日にかけて仙台市へ。
牛タンを満喫しつつ、青葉城跡もチェック。
市内は想像以上に蒸し暑かったのですが、はじめての仙台ツアーは大満足となりました。

 

仙台駅内牛たん通り

仙台駅ナカにある牛たん通り。観光客で行列をなす有名店も。

 

伊達の牛たん本舗本店

伊達の牛たん本舗本店。牛たん、テールスープ、トロロかけ麦飯の定食が定番らしいので、それを食す。

ただ、タクシーの運転手が、地元の人はあんまり食べない、と言っていたのが少々残念。

 

 

伊達政宗像

非常に有名な定番スポット。伊達政宗と言えば日本の武将のなかでも超有名な武将の一人。

かつて渡辺謙が演じた独眼竜政宗も人気に一役買ったと思われ。

 

クリネックススタジアム

仙台ツアーの最後は野球観戦。楽天・日ハム戦。

当然、日ハムファンながら座席は楽天応援席のど真ん中。空気を読んで大人しく観戦・応援させていただきました。

道産子としてはマー君も見たかったが、また次回のお楽しみとします。


友人の結婚式に出席(東京→室蘭)

大学時代の友人の結婚式に参加するため6月26日(土)〜6月27日(日)にかけて北海道へ。

旅程は、始発にて東向島→北千住、バスにて北千住→羽田空港、空路にて羽田→新千歳、陸路にて新千歳→室蘭。室蘭市内にて披露宴出席。終了後、陸路 にて室蘭→札幌。札幌市内宿泊。

翌日、午前中に鉄路にて札幌→新千歳、空路にて新千歳→羽田、再びバスにて羽田→北千住、私鉄にて北千住→東向島。

上記、1泊2日の結構タイトなスケジュール…。

避暑気分で北海道入りしたものの、道内は記録的な猛暑日となり気温は東京と大差ない状況に。湿度の低さはあったものの、涼しいどころか相当の暑さだった。

H22.6.26早朝の東向島駅ホーム

始発の東向島駅ホーム。人もまばら。

新千歳空港内の朝市食堂

新千歳空港内の朝市食堂。新鮮な魚介を用いた海鮮丼は非常に美味。

函館空港にもこういった食事処があっても良いように思えるのだが…。


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