道南一覧

ハーベスター八雲

ハーベスター八雲

夏休みの思い出づくりのため、八雲町の噴火湾パノラマパークまでドライブ。昼食は、すぐ向かいにあるハーベスター八雲にて。約十年ぶり。料理はみなとても美味しく、大変満足。

フライドチキンは、ケンタッキーよりもくどさがないように感じられ、種類は異なるものの、4本食べても胸焼けせず、次回は5つに挑戦。

 

 

 


知里真志保の碑

知里真志保の碑

有名なアイヌ文化研究者である知里真志保の碑。初めて訪問しました。登別小学校の入り口近くにありました。

2016年4月30日訪問。

以下は、碑に刻まれている内容です。打ち間違いがあったらすいません。

 

銀のしずく 降れ降れ まわりに
知里真志保之碑

彼は登別川のほとりで育ったアイヌ系のわんぱくな少年であった
長じて天才的な言語学者となりその名は今に世の畏敬の的である
故郷をしのび海の見える岡に住みたいと云っていたという
有志相はかりここハシナウシを選びこの碑を建てた
友人 山田秀三

知里真志保略歴
明治42年幌別郡(登別市)に生る
登別小学校、室蘭中学校、第一高等学校、東大卒業
文学博士、北大教授、東大講師となる
分類アイヌ語辞典その他数々の不朽の名著が後の世に残った
昭和36年札幌にて没
52歳

平成8年9月
登別本町3丁目28番地1より移設

建立趣意文
知里真志保君は明治42年2月24日父高吉、母ナミの二男として当登別に生れた。彼はアイヌ民族の血を受けた勇敢な少年であった。登別小学校から道立室蘭中学校に進学、私共室中同窓生の一人である彼の天才的頭脳の閃きは在学中にもその非凡を現し、コンサイス英和辞典を一日一枚づつ記憶しては破り捨て、遂に一冊の単語全部を憶えたという逸話もある。一高から東大に学び学者となり文学博士の称号も得て北大教授、東大講師等を歴任した。彼は学位論文のアイヌ語法研究をはじめアイヌ語の植物名について、分類アイヌ語辞典のほか山田秀三氏と共著の幌別町のアイヌ語地名など数々の著書があるが、アイヌ語に関する著述に情熱を傾注したかげには、彼の伯母でユーカラの伝承保持者として紫綬褒章を受章した金成マツ女へのひたむきの姿であったともいえるのである。彼は又道新社会文化賞、朝日文化賞等を受賞し、社会文化に貢献するなど幾多の功績を残されて昭和36年6月9日病魔のため52歳の生涯を閉ぢたのである。
彼が生前言い遺したことばに、海の見える川のある丘に住みたい といっていたというが、海の見える川のある丘とは伯母金成マツの家のあったところで、彼が少年時代の思い出の多い丘でもあったのである。彼の志を想い、天才アイヌ学者を生んだ郷土の誇りを後世に伝え末長くその功績を讃え霊を慰めたいと、郷土の人々を初の室中同窓生が中心となり真志保君に縁のある方々の御賛同を得てこの碑を建立したのである。
建立に際しては、真志保君とは生前特に親交の深かった山田秀三氏からは碑文と略歴を寄せられ、芦別市川崎石材工業所社長の川崎務崇氏からは南アフリカ産黒花崗岩の碑石を寄贈され、建立地を提供された和田産業社長和田一夫氏、企画を支援下さった広川一彦氏等の善意のほか高田登別市長 室市議会議長 市内各事業所等からの御協力により茲に完成を見るに至ったのである
昭和48年6月9日 建立
知里真志保之碑建立委員長
登別市議会副議長 室中同窓会登別支部長 宮武清一
碑文書 林 豊次

デザイン・設計・施行
芦別市本町197
川崎石材工業所

 

 

 


地獄谷@登別温泉

地獄谷

登別温泉街から徒歩でも行ける地獄谷。火山の面影をちらつかせる迫力ある景色です。目に御利益があるという薬師如来のお堂が設置されています。

 

登別温泉三大史蹟 薬師如来

文久元年(1861)、火薬の原料として地獄谷から硫黄を採掘していた南部藩の家臣が、お堂の下から湧いている温泉で目を洗ったところ、長年わずらっていた眼病が治ったことから、そのお礼に寄進した石碑が安置されており、今では目の湯の名前で親しまれています。

 

 


羆

のんびりと車窓を眺めていたところ荒々しい吐息とともに妙な臭いが漂い、これはまずいと横を振り向いたら、そこには体重400kgはあろうかという巨大羆が…という体で登別熊牧場。

 

のぼりべつクマ牧場

 

 


迎賓館(旧伊達家住宅)@伊達市

迎賓館(伊達家住宅)

迎賓館(伊達家住宅)

迎賓館(伊達家住宅)

迎賓館(伊達家住宅)

迎賓館(伊達家住宅)

迎賓館(伊達家住宅)

伊達市の道の駅「だて歴史の杜」に隣接するびっくりドンキーの裏手に伊達家の居所として利用されていた迎賓館が残されており無料で建物内を見学することができます。先日はボランティアガイドの方がおられたため建物の構造や亘理伊達氏のことなど詳しく聞くことができました。

 

迎賓館

明治維新に際し、仙台一門亘理伊達邦成主従が、新天地に亘理城再興の夢を託し、明治3年にこの地に開拓の初鍬をおろしました。この迎賓館は、仙台の伊達邸を建てた大工(田中長吉)を棟梁とし、明治25年に開拓者の総力によって建てられたもので、洋風(公の場)と和風(私の場)を配した数寄屋風の書院造りとなっております。当時、開拓状況視察のため来道した政府高官や開拓使などの接待の為に利用され、昭和10年から昭和30年頃までは伊達家の居所として利用されていましたが、昭和30年に敷地と共に伊達市に寄付を受けたものです。

伊達市文化財指定 平成4年9月28日

伊達市教育委員会

 

 

 

 


森駅から特急北斗にて札幌へ

特急北斗

札幌行き特急北斗乗車の際には、森駅を利用しています。乗車時間が短くすみ、駐車場も無料ですので。特急は、揺れが少ないためスーパーの付かない方の北斗を好みます。

 

 


「新幹線通ったら人生変わった~大泉洋が応援!大逆転にかける北海道の人々~」

2016年2月21日(日)午後3:30よりTBS系にて放送されます。出演は、大泉洋さん、河野真也さん(オクラホマ)、室谷香菜子さん(HBCアナウンサー)でして、ナレーター北川久仁子さんとのことです。

北斗市も紹介していただいておりますので、ぜひご覧ください。

北海道・函館の“勝負のとき”に密着したドキュメントバラエティ「新幹線通ったら人生変わった~大泉洋が応援!大逆転にかける北海道の人々~」が、2016年2月21日(日)午後3:30よりTBS系にて放送される。

 

 

 


瓶子岩の鳥居

瓶子岩

江差町のかめも島に行ったところ、瓶子岩の前に立派な鳥居が建てられていました。かもめ島にある厳島神社建立400年祈念として建てられたそうです。

 

平成27年9月21日訪問。以下、説明板の内容です。

 

瓶子岩

神様から瓶子を授かった折居という姥が、瓶子の中の水を海に注ぐと、ニシンが群れて江差の人びとの糧になりました。
その時の瓶子が逆さまになり岩になったという伝説の岩です。

厳島神社と瓶子岩鳥居

かもめ島上に建立された厳島神社は、慶長20(1615)年に創建されたと伝えられています。
航海安全、大漁祈願の神として船乗りたちに信仰されてきました。
厳島神社建立400年を祈念し、厳島神社と瓶子岩を望む方角に鳥居を建立しました。

平成27年4月吉日
厳島神社四百年祈念実行委員会

 

 


駒ヶ岳洋菓子工房

駒ヶ岳洋菓子工房

駒ヶ岳洋菓子工房

駒ヶ岳洋菓子工房

駒ヶ岳の麓、本当に麓にある駒ヶ岳洋菓子工房に行ってまいりました。隠れ家的な場所ながら、たくさんの客で賑わっており、店内から外にはみ出るほどの行列が出来ていました。

小生は、今回ソフトクリームのみの購入でしたが、バニラと桃との2種類で、なおかつ大中小の3サイズがあります。中サイズでもなかなかのボリュームです。牛乳が濃いためか、ネットリではなくサクッとした食感ですが、味はきわめて濃厚でした。次回は大きなショートケーキ狙いで訪問したいと思います。

 

  • 駒ヶ岳洋菓子工房
    住所: 〒049-2141 北海道茅部郡森町駒ケ岳345−3
    電話:01374-5-2745

 

 


五勝手屋本舗

江差観光コンベンション協会サイト内「五勝手屋本舗」のページにて、

江戸時代後期、北海道南部の五勝手村(現在の江差の一部)で穫れた豆を使いお菓子を作ったことに由来し、屋号を五勝手屋としました。 五勝手とは「コカイテ」というアイヌ語で、波のくだける所、または、波が立っている所という意味です。

「コカイテ」「コカィテ」「コカィッテ」「コカッテ」「ゴカッテ」「五勝手」。

ちなみに名物の丸缶羊羹、小生は糸を使わずに直接食べる派です。