トラピスト修道院一覧

山口博(1979)『Ora et Labora』弘告社

山口博(1979)『Ora et Labora』弘告社

トラピスト修道院の貴重な写真集です。修道院の売店で購入しました。

“Ora et Labora”、祈れ働け。この言葉どおり、厳かで規律的な修道院での日々の祈りと生活の様子が伝わってきます。

1979年、昭和54年の発行。今から約40年前の修道院の様子です。数年前に中をご案内いただいた際の印象とほとんど変わっていないことから、日々の手入れが行き届いていることを実感します。


トラピスト修道院のソフトクリーム 2013

北斗市当別、トラピスト修道院のソフトクリームの今年(2013年)の販売が、4月5日から開始となった。

道南エリアにはたくさんの美味しいソフトクリームがあるが、個人的には、ここトラピスト修道院のソフトクリームが最も気に入っている。

トラピストバターを配合しているとのことで、味が非常に濃厚。トラピストクッキーを添えてあるのも嬉しい。ぜひご賞味いただきたい。

 

 


ローマへの道 冬物語

2012年12月24日訪問。クリスマスイブの夜に北斗市当別のトラピスト修道院で行われたイベント。地域の方々の熱意により、手作りで開催された。

しばれる、静かな夜に浮かぶキャンドルの灯り。とても幻想的だった。

 

トラピスト修道院に至る道を照らすキャンドルの灯。

 

一つ一つ手作り。牛乳パックを型枠として作られている。風に吹かれ、消えては付け、消えては付け・・・。地元の方々の地域に対する熱意が伝わる。

 

また来年。

 



トラピスト修道院(2008年)

トラピスト修道院へ続く道

2008年7月26日撮影。北斗市、トラピスト修道院へ続く一本道。

 

トラピスト修道院〜草原

2008年7月26日撮影。トラピスト修道院前の原っぱ。冬は一面、雪野原となる。

 

トラピスト修道院からの眺め

2008年7月26日撮影。トラピスト修道院前からの眺め。並木道の先に津軽海峡が見える。

 

トラピスト修道院

2008年7月26日撮影。トラピスト修道院を正面から。

 

修道院の由来、沿革が記された看板の内容は以下のとおり。

 

 

トラピスト修道院の由来
正式名は、厳律シトー会灯台の聖母大修道院という。
明治29年(1896年)フランスから数名の修道士たちが木造の修道院を建てた。
日本で、最初の男子修道院であります。
トラピストの生活は、祈り、労働、読書(聖なる書物)で、その1日は、祈りにより始まり祈りによって終わります。
創立以来、畑の開拓、農耕、牧畜、酪農に力をいれ、ホルスタイン乳牛の輸入をし、その普及は北海道の酪農振興に多大な貢献をいたしました。
明治36年、木造の修道院は焼失した。
現在の二階建本館は、明治40年着手し翌年完成しております。また聖堂は昭和49年に建てられたものです。
トラピストでつくられるバタークッキーは今では北海道を代表する特産品として全国的に広がり、上磯町が誇る一村一品であります。
日々、たえることなく鳴りひびくアンジェラスの鐘、黙々と祈りと労働を持って神に仕える修道士の姿、ここには異国にみる聖地の情景があり訪れる人々の心を和らげます。
 
 
トラピスト修道院の沿革
明治29年(1896年)にフランスから数名の修道士が来日して、津軽海峡を眼下に臨む当地にトラピスト修道院を設立しましたが、トラピストの歴史は古く、その起源は11世紀にまでさかのぼります。
聖ロベルト(1018年〜1111年)は、現在のフランス・シトーの地に新修道院を創設し(1098年)、ここからシトー修道会が生まれました。
そして、1664年、シトー修道会に属するトラップ修道院(フランス)で、より厳格な生活を望む改革運動が起こり、この流れを汲むものをトラピストと呼ぶようになりました。
トラピスト修道院はカトリック教会に属し、日本国内には七つの修道院(その内五つは女子でトラピスチヌとして知られています)を持ち、国外には137の修道院(その内、50は女子)があります。聖書の教えと、聖ベネディクト(480年〜547年)の修道戒律に従い、「祈り・労働・聖なる読書」を中心とした観想生活を送っています。

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