幕末一覧

『武士の家計簿—「加賀藩御算用者」の幕末維新』

『武士の家計簿—「加賀藩御算用者」の幕末維新』

百万石と言われた加賀(金沢)藩の算盤係として会計処理を代々担ってきた猪山家が残した家計簿は、下級武士の日々の生活の実態を詳細に、かつ、生々しく伝えている。

武士と農民や商人との関係、親戚付き合いと金の貸し借り、嫁と嫁の実家との関係等々、著者によって繙かれた家計簿を通じて様々な姿が明らかにされており、私が漠然と想像していた武士像とはあまりにも差があり印象的だった。

 

『武士の家計簿—「加賀藩御算用者」の幕末維新』 磯田道史著 新潮新書 2003年

目次

  • はしがき 「金沢藩士猪山家文書」の発見
  • 第1章 加賀百万石の算盤係
  • 第2章 猪山家の経済状態
  • 第3章 武士の子ども時代
  • 第4章 葬儀、結婚、そして幕末の動乱へ
  • 第5章 文明開化のなかの「士族」
  • 第6章 猪山家の経済的選択
  • あとがき
  • 参考文献リスト

 


大黒天経王寺

谷中銀座を日暮里駅方向に進み、階段を上ったところにあるのが経王寺。幕末の動乱の痕を残している。

 

写真は2012年2月19日撮影。

大黒天経王寺 

荒川区教育委員会による説明は以下のとおり。

 

大黒天経王寺

経王寺は日蓮宗の寺院で山号を大黒山と称す。明暦元年(1655)、当地の豪農冠勝平(新堀村の名主冠権四郎家の祖)が要詮院日慶のために寺地を寄進し、堂宇を建立したことに始まるという。本堂の隣の大黒堂には日蓮上人の作と伝えられる大黒天が鎮守として祀られており、地域の人々の崇敬を広くあつめている。

慶応4年(1868)の上野戦争のたき敗走した彰義隊士をかくまったため、新政府軍の攻撃をうけることとなり、山門には今も銃弾の痕が残っている。

荒川区教育委員会

 

荒川区指定文化財 経王寺山門 付門

天保7年(1836)に、桶屋安五郎らが願主となり建立された。切妻造、桟瓦葺、総欅造の薬医門で、脇に瓦屋根付きの板掘と潜り戸を設け、西側には門番所が連結される。間口寸法(親柱間)10尺9寸、奥行寸法(親柱・控柱間)7尺6寸と、堂々とした規模をもち、脇に付設された門番所と併せて日暮里の寺町地区を象徴する「辻」の景観を形成する貴重な建造物である。また、慶応4年(1868)の上野戦争の際のものと伝えられる弾痕が残っており、地域の歩んだ歴史も刻まれている。

 


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