大野農業高校に残る土塁は、庄内で養蚕事業に実績のあった榊原十兵衛らが明治8年春から秋にかけて築いたものである。
説明板
土塁明治三年開拓使は、この地に養蚕所を設け桑園を開いた。ここは、開拓使長官黒田清隆の要請で酒田の士族が開墾にあたったところであり そのとき表門のあった場所で当時ここには大きな「とびら」が設けられこれをはさんで土塁がつくられていた。この土塁は、山形の鶴岡藩士である榊原十兵衛、水野重敬等六十五名が、明治八年五月から九月下旬までかかって築造したもの開拓使時代の桑園跡として名残りをとどめている本道唯一の土塁となっている。昭和五十六年十月二十四日北海道大野農業高等学校同窓会