綴り方一覧

自由と規制とのパラドクス

ベネッセ教育総合研究所のバックナンバーに興味深い記事を発見。日米の国語教育における「書き方」(アウトプットの仕方)について、「自由に書け」スタイルの日本と「型」を徹底するアメリカスタイルとで、自由なはずの日本において、

「子どもが見たまま、感じたままを綴る学校作文」という唯一の型を作り上げてしまいました。

という状況が生まれ、

「自由」を重視している方が結果的に「規範」にとらわれ、「規範」を重視している方が結果的に「自由」な多様性を生む、というパラドックスが見られます。型を知らずに「自由に書け」といわれても、いったい「何から」自由になればよいのか分かりません。その結果、「起こったことをありのまま書いて時系列で気持ちの変化をたどる」という書き方が逆説的に唯一の型になってしまうのです。

ということに。それにしても「綴り方」以前が「「型」から学ぶ形式模倣主義の作文教育が主流」だったことは知りませんでした。

前にどこかの局で見た、人に絵を描かせるとき、好きなように描かせるよりも制約を設けて描かせた方がより創造的な絵になる、といったようなテレビ番組のことをうっすら思い出しました。

 

 

 


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