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羆

のんびりと車窓を眺めていたところ荒々しい吐息とともに妙な臭いが漂い、これはまずいと横を振り向いたら、そこには体重400kgはあろうかという巨大羆が…という体で登別熊牧場。

 

のぼりべつクマ牧場

 

 


木村盛武著『慟哭の谷—北海道三毛別・史上最悪のヒグマ襲撃事件』

元林務官だった著者が丹念に取材したノンフィクション作品。森の奥から静かにこちらを伺う羆の息吹きの如く淡々と冷静な記述となっていて何とも言えぬ不気味さを感じさせます。三毛別の事件だけではなく、著者自身の体験や他の事件についても紹介されており、羆と人間との関わり方を考えさせられます。吉村昭も『羆嵐』執筆に際して、著者の集めた資料を参考にしたらしいです。生存者やその家族、関係者への詳細なヒアリング等々、著者の行動がなければ事件は完全に忘れ去られていたのではないでしょうか。

北海道民にあっても羆を忘れた、あるいは、知らない世代がほとんどとなっているように感じますが、山や自然とふれあうことが野生の羆との遭遇と背中合わせであることを再認識することこそ、不幸な事故を防ぐ第一歩になるものと思います。

ちなみに三毛別以外の事件とし、江戸時代の古川古松軒『東遊雑記』の記録が紹介されています。巡見使が戸切知(旧上磯町)に宿をとった際、羆2頭が馬2頭を襲ったというものでして、1,000人以上の人が近くにいても羆がまったく気にしなかったことの例として登場しました。

 

『慟哭の谷—北海道三毛別・史上最悪のヒグマ襲撃事件』,木村盛武著,文春文庫,2015年

 

  • 目次
    • はじめに
    • 第1部 慟哭の苫前三毛別事件
      • 第1章 惨劇の幕明け
      • 第2章 通夜の亡霊
      • 第3章 大討伐隊
      • 第4章 魔獣の最期
      • 第5章 史上最悪の惨劇を検証する
    • 第2部 ヒグマとの遭遇
      • 第1章 北千島の人食いヒグマ事件と私
      • 第2章 ヒグマとの対峙
      • 第3章 ヒグマが人を襲うとき
    • おわりに

 

 


『羆撃ち』 久保俊治著

北海道の山での狩猟を生業として選んだ著者の、獲物であるヒグマやシカとどのようにして対峙してきたかをまとめた書。生きるとは何か、命とは何か、自然の奥底に一人で挑んだ著者が思い至る境地は、都市的生活にすっかり慣れてしまった我々にとってカウンターパンチのように強烈に効いてくる。

特に印象に残っている一節。

「自然の中で生きるものの価値とは何だろう。生命とは死とは何なんだろう。そうか、死だ。自然の中で生きた者は、すべて死をもって、生きていたときの価値と意味を発揮できるのではないだろうか。キツネ、テン、ネズミに食われ、鳥についばまれ、毛までも寝穴や巣の材料にされる。ハエがたかり、ウジが湧き、他の虫にも食われ尽くし、腐って融けて土に返る。木に養分として吸われ、林となり森となる。森はまた、他の生き物を育てていく。誰も見ていないところで死ぬことで、生きていた価値と意味を発揮していく。」(p.117)

『マタギ 矛盾なき労働と食文化』(田中康弘著 2009年 枻出版社)では、自然と同化するマタギ文化と対比するかたちで、対象を倒すことを目的としたまったく異質なものとしてアメリカのハンターを例示している。本書では、アメリカに渡った著者の経験にも言及がある。前書で触れたアメリカのハンティングに対する見方は概ね誤ったものではなく、著者もビジネス化されたガイドの仕事への違和感を感じたようだ。一方で、たとえば猟の際にトランシーバを使用することが法で禁止されているなど、全部が全部ビジネス化されていると思い込んでしまうことは避けなければならないだろう。狩猟とは本来不便ななかで行われる営みであること及び猟を便利化することにより乱獲を招く、こうした理由からアメリカでは狩猟におけるトランシーバの使用が禁止されていたらしい。トランシーバは、日本のマタギにとっては欠かせないアイテムのひとつとなっている。


『羆撃ち』久保俊治著、小学館、2009年
 目次
序章 信じられぬ出来事
一章 若きハンターの誕生
二章 闇からの気配
三章 襲撃された牛舎
四章 火の女神 フチ
五章 五感の覚醒
六章 アメリカ武者修行
七章 山の魔物との遭遇
八章 永遠の別れ
あとがき


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