2016北斗市商工観光まつりin八郎沼

2016北斗市商工観光まつりin八郎沼

今年も北斗市向野の八郎沼公園にて、商工観光まつりが開催されます。

  • 開催概要
    • 日時: 平成28年9月25日(日) 10:00~15:30
    • 会場: 八郎沼公園(北斗市向野)
      ※雨天決行(雨天時は、行事内容、又は時間帯の変更があります。)
  • 特設ステージ イベントスケジュール
    • 10:00~ オープニング演奏(大野中学校吹奏楽部)
    • 10:30~ 開会式
    • 11:00~ キャラクターショー(仮面ライダーゴースト&ドライブ)
    • 11:30~ ライブステージ(北斗ベンチャーズ)
    • 12:15~ キッズジャズダンス(スタイル★ジャズ)、ヒップホップダンス(スマイルキッズクラブ)
    • 12:45~ ライブステージ(大野ドリームアンサンブル)
    • 13:30~ キャラクターショー(仮面ライダーゴースト&ドライブ)
    • 14:00~ 食中毒防止キャンペーン、社会を明るくする運動キャンペーン
    • 14:30~ FMいるか公開録音「歌謡ショー」(出演: 水田 竜子)
    • 15:30~ 餅まき
  • 無料送迎バス運行
    • 往路(北斗市総合分庁舎前発~八郎沼着)
      •  9:00~ 9:10
      •  9:30~ 9:40
      • 10:00~10:10
      • 10:30~10:40
      • 11:00~11:10
      • 11:30~11:40
      • 12:00~12:10
      • 12:30~12:40
      • 13:00~13:10
      • 13:30~13:40
      • 14:00~14:10
    • 復路(八郎沼発~北斗市総合分庁舎前着)
      •  9:15~ 9:25
      •  9:45~ 9:55
      • 10:15~10:25
      • 10:45~10:55
      • 11:15~11:25
      • 11:45~11:55
      • 12:15~12:25
      • 12:45~12:55
      • 13:15~13:25
      • 13:45~13:55
      • (八郎沼公園待機)
      • 15:00~15:10
      • 15:30~15:40
      • 16:00~16:10
      • 16:30~16:40

 


ハーベスター八雲

ハーベスター八雲

夏休みの思い出づくりのため、八雲町の噴火湾パノラマパークまでドライブ。昼食は、すぐ向かいにあるハーベスター八雲にて。約十年ぶり。料理はみなとても美味しく、大変満足。

フライドチキンは、ケンタッキーよりもくどさがないように感じられ、種類は異なるものの、4本食べても胸焼けせず、次回は5つに挑戦。

 

 

 



澤田米穀店(北斗市中央)

澤田米穀店

澤田米穀店

澤田米穀店(北斗市中央)のポイントがたまりました。第1号とのことで、大変恐縮しております。精米したての米は、炊きあがり時の輝きが違います。もちろん味も。そして、米の減っていく速度は、加速します。

同店、店内もおしゃれですが、米袋もおしゃれ。紙製です。

 

 

 

 


知里真志保の碑

知里真志保の碑

有名なアイヌ文化研究者である知里真志保の碑。初めて訪問しました。登別小学校の入り口近くにありました。

2016年4月30日訪問。

以下は、碑に刻まれている内容です。打ち間違いがあったらすいません。

 

銀のしずく 降れ降れ まわりに
知里真志保之碑

彼は登別川のほとりで育ったアイヌ系のわんぱくな少年であった
長じて天才的な言語学者となりその名は今に世の畏敬の的である
故郷をしのび海の見える岡に住みたいと云っていたという
有志相はかりここハシナウシを選びこの碑を建てた
友人 山田秀三

知里真志保略歴
明治42年幌別郡(登別市)に生る
登別小学校、室蘭中学校、第一高等学校、東大卒業
文学博士、北大教授、東大講師となる
分類アイヌ語辞典その他数々の不朽の名著が後の世に残った
昭和36年札幌にて没
52歳

平成8年9月
登別本町3丁目28番地1より移設

建立趣意文
知里真志保君は明治42年2月24日父高吉、母ナミの二男として当登別に生れた。彼はアイヌ民族の血を受けた勇敢な少年であった。登別小学校から道立室蘭中学校に進学、私共室中同窓生の一人である彼の天才的頭脳の閃きは在学中にもその非凡を現し、コンサイス英和辞典を一日一枚づつ記憶しては破り捨て、遂に一冊の単語全部を憶えたという逸話もある。一高から東大に学び学者となり文学博士の称号も得て北大教授、東大講師等を歴任した。彼は学位論文のアイヌ語法研究をはじめアイヌ語の植物名について、分類アイヌ語辞典のほか山田秀三氏と共著の幌別町のアイヌ語地名など数々の著書があるが、アイヌ語に関する著述に情熱を傾注したかげには、彼の伯母でユーカラの伝承保持者として紫綬褒章を受章した金成マツ女へのひたむきの姿であったともいえるのである。彼は又道新社会文化賞、朝日文化賞等を受賞し、社会文化に貢献するなど幾多の功績を残されて昭和36年6月9日病魔のため52歳の生涯を閉ぢたのである。
彼が生前言い遺したことばに、海の見える川のある丘に住みたい といっていたというが、海の見える川のある丘とは伯母金成マツの家のあったところで、彼が少年時代の思い出の多い丘でもあったのである。彼の志を想い、天才アイヌ学者を生んだ郷土の誇りを後世に伝え末長くその功績を讃え霊を慰めたいと、郷土の人々を初の室中同窓生が中心となり真志保君に縁のある方々の御賛同を得てこの碑を建立したのである。
建立に際しては、真志保君とは生前特に親交の深かった山田秀三氏からは碑文と略歴を寄せられ、芦別市川崎石材工業所社長の川崎務崇氏からは南アフリカ産黒花崗岩の碑石を寄贈され、建立地を提供された和田産業社長和田一夫氏、企画を支援下さった広川一彦氏等の善意のほか高田登別市長 室市議会議長 市内各事業所等からの御協力により茲に完成を見るに至ったのである
昭和48年6月9日 建立
知里真志保之碑建立委員長
登別市議会副議長 室中同窓会登別支部長 宮武清一
碑文書 林 豊次

デザイン・設計・施行
芦別市本町197
川崎石材工業所

 

 

 


平成28年度 大運動会@大野小学校

運動会

快晴のなか運動会が行われ、子供達の元気なかけ声、観客の歓声が運動場に響きました。当初、土曜日が開催予定日だったところ、天候芳しくなく本日、日曜日に延期となったのですが、これは素晴らしいご判断でありました(お昼のお弁当づくりをされた方にあっては、大変お気の毒でありましたが。)。

 

 

 



地獄谷@登別温泉

地獄谷

登別温泉街から徒歩でも行ける地獄谷。火山の面影をちらつかせる迫力ある景色です。目に御利益があるという薬師如来のお堂が設置されています。

 

登別温泉三大史蹟 薬師如来

文久元年(1861)、火薬の原料として地獄谷から硫黄を採掘していた南部藩の家臣が、お堂の下から湧いている温泉で目を洗ったところ、長年わずらっていた眼病が治ったことから、そのお礼に寄進した石碑が安置されており、今では目の湯の名前で親しまれています。

 

 


羆

のんびりと車窓を眺めていたところ荒々しい吐息とともに妙な臭いが漂い、これはまずいと横を振り向いたら、そこには体重400kgはあろうかという巨大羆が…という体で登別熊牧場。

 

のぼりべつクマ牧場

 

 


迎賓館(旧伊達家住宅)@伊達市

迎賓館(伊達家住宅)

迎賓館(伊達家住宅)

迎賓館(伊達家住宅)

迎賓館(伊達家住宅)

迎賓館(伊達家住宅)

迎賓館(伊達家住宅)

伊達市の道の駅「だて歴史の杜」に隣接するびっくりドンキーの裏手に伊達家の居所として利用されていた迎賓館が残されており無料で建物内を見学することができます。先日はボランティアガイドの方がおられたため建物の構造や亘理伊達氏のことなど詳しく聞くことができました。

 

迎賓館

明治維新に際し、仙台一門亘理伊達邦成主従が、新天地に亘理城再興の夢を託し、明治3年にこの地に開拓の初鍬をおろしました。この迎賓館は、仙台の伊達邸を建てた大工(田中長吉)を棟梁とし、明治25年に開拓者の総力によって建てられたもので、洋風(公の場)と和風(私の場)を配した数寄屋風の書院造りとなっております。当時、開拓状況視察のため来道した政府高官や開拓使などの接待の為に利用され、昭和10年から昭和30年頃までは伊達家の居所として利用されていましたが、昭和30年に敷地と共に伊達市に寄付を受けたものです。

伊達市文化財指定 平成4年9月28日

伊達市教育委員会