読売新聞「多賀城廃絶 11世紀以降か」

先日(平成28年12月14日)の読売新聞朝刊23面に「多賀城廃絶 11世紀以降か」との記事。10世紀半ばには廃絶していた、というのがこれまでの発掘成果による定説だったものの、近年の調査にて、11世紀に使用されたと思しき土器が発見され、当該定説が覆る可能性があるとのこと。

奥州藤原氏台頭期の多賀城の位置付け等、今後の研究成果に期待。

参考

「多賀城と世界遺産平泉」宮城県多賀城跡調査研究所 古川一明 (2016/12/17アクセス)


人形装飾付異形注口土器

昭和7年に茂辺地遺跡で出土した重要文化財の人形装飾付異形注口土器(ひとがたそうしょくつきいけいちゅうこうどき)、『上磯町史 上巻』(平成9年)には国立歴史民俗博物館収蔵とありますが、現在は、上野の東京国立博物館にあるようです。なお、レプリカは、新函館北斗駅併設の北斗市観光交流センター1階のイベントスペースで展示されています。

人形装飾付異形注口土器

※画像出典:東京国立博物館

参考

 


『蝦夷島奇観』—當別(当別)村出土の土偶

江戸幕府の役人だった村上島之允(秦檍磨[note]秦檍丸と表記されている場合も見られる。読み方は、「はたあわぎまる」、「はた(はだ)あわきまろ」か? [/note])の『蝦夷島奇観』に、寛政10年春に当別村の氏神の祠の傍から土偶が出土した旨の記載有。

蝦夷島奇観 當別(当別)村出土の土偶

※画像出典:東京国立博物館

参考


『江戸江遣書状留帳』等発見の記事

赤穂事件後の吉良上野介の様子を伝える文書が発見されたとの記事。忠臣蔵は全然詳しくないが、(斬られたけど)痛みは軽くて飯も食ってるよ、と書いてある文書発見、ということには強く反応。

そういえば、両国の吉良邸跡に行ったことあり。


『ガイドブック 函館の文化財』

函館市内の国指定文化財、北海道指定文化財等を142件収録した『ガイドブック 函館の文化財』(市立函館博物館友の会編集、函館市教育委員会生涯学習部文化財課監修)。

定価は、税込み1,300円です。ご注文は、直接以下の市立函館博物館友の会事務局まで。

 

040-0053 函館市末広町19番15号

市立函館博物館郷土資料館(旧金森洋物店)内

TEL&FAX:0138-23-3095

URL:http://hkhk-tomonokai.lolipop.jp/

 


2016北斗市商工観光まつりin八郎沼

2016北斗市商工観光まつりin八郎沼

今年も北斗市向野の八郎沼公園にて、商工観光まつりが開催されます。

  • 開催概要
    • 日時: 平成28年9月25日(日) 10:00~15:30
    • 会場: 八郎沼公園(北斗市向野)
      ※雨天決行(雨天時は、行事内容、又は時間帯の変更があります。)
  • 特設ステージ イベントスケジュール
    • 10:00~ オープニング演奏(大野中学校吹奏楽部)
    • 10:30~ 開会式
    • 11:00~ キャラクターショー(仮面ライダーゴースト&ドライブ)
    • 11:30~ ライブステージ(北斗ベンチャーズ)
    • 12:15~ キッズジャズダンス(スタイル★ジャズ)、ヒップホップダンス(スマイルキッズクラブ)
    • 12:45~ ライブステージ(大野ドリームアンサンブル)
    • 13:30~ キャラクターショー(仮面ライダーゴースト&ドライブ)
    • 14:00~ 食中毒防止キャンペーン、社会を明るくする運動キャンペーン
    • 14:30~ FMいるか公開録音「歌謡ショー」(出演: 水田 竜子)
    • 15:30~ 餅まき
  • 無料送迎バス運行
    • 往路(北斗市総合分庁舎前発~八郎沼着)
      •  9:00~ 9:10
      •  9:30~ 9:40
      • 10:00~10:10
      • 10:30~10:40
      • 11:00~11:10
      • 11:30~11:40
      • 12:00~12:10
      • 12:30~12:40
      • 13:00~13:10
      • 13:30~13:40
      • 14:00~14:10
    • 復路(八郎沼発~北斗市総合分庁舎前着)
      •  9:15~ 9:25
      •  9:45~ 9:55
      • 10:15~10:25
      • 10:45~10:55
      • 11:15~11:25
      • 11:45~11:55
      • 12:15~12:25
      • 12:45~12:55
      • 13:15~13:25
      • 13:45~13:55
      • (八郎沼公園待機)
      • 15:00~15:10
      • 15:30~15:40
      • 16:00~16:10
      • 16:30~16:40

 


ハーベスター八雲

ハーベスター八雲

夏休みの思い出づくりのため、八雲町の噴火湾パノラマパークまでドライブ。昼食は、すぐ向かいにあるハーベスター八雲にて。約十年ぶり。料理はみなとても美味しく、大変満足。

フライドチキンは、ケンタッキーよりもくどさがないように感じられ、種類は異なるものの、4本食べても胸焼けせず、次回は5つに挑戦。

 

 

 



澤田米穀店(北斗市中央)

澤田米穀店

澤田米穀店

澤田米穀店(北斗市中央)のポイントがたまりました。第1号とのことで、大変恐縮しております。精米したての米は、炊きあがり時の輝きが違います。もちろん味も。そして、米の減っていく速度は、加速します。

同店、店内もおしゃれですが、米袋もおしゃれ。紙製です。

 

 

 

 


知里真志保の碑

知里真志保の碑

有名なアイヌ文化研究者である知里真志保の碑。初めて訪問しました。登別小学校の入り口近くにありました。

2016年4月30日訪問。

以下は、碑に刻まれている内容です。打ち間違いがあったらすいません。

 

銀のしずく 降れ降れ まわりに
知里真志保之碑

彼は登別川のほとりで育ったアイヌ系のわんぱくな少年であった
長じて天才的な言語学者となりその名は今に世の畏敬の的である
故郷をしのび海の見える岡に住みたいと云っていたという
有志相はかりここハシナウシを選びこの碑を建てた
友人 山田秀三

知里真志保略歴
明治42年幌別郡(登別市)に生る
登別小学校、室蘭中学校、第一高等学校、東大卒業
文学博士、北大教授、東大講師となる
分類アイヌ語辞典その他数々の不朽の名著が後の世に残った
昭和36年札幌にて没
52歳

平成8年9月
登別本町3丁目28番地1より移設

建立趣意文
知里真志保君は明治42年2月24日父高吉、母ナミの二男として当登別に生れた。彼はアイヌ民族の血を受けた勇敢な少年であった。登別小学校から道立室蘭中学校に進学、私共室中同窓生の一人である彼の天才的頭脳の閃きは在学中にもその非凡を現し、コンサイス英和辞典を一日一枚づつ記憶しては破り捨て、遂に一冊の単語全部を憶えたという逸話もある。一高から東大に学び学者となり文学博士の称号も得て北大教授、東大講師等を歴任した。彼は学位論文のアイヌ語法研究をはじめアイヌ語の植物名について、分類アイヌ語辞典のほか山田秀三氏と共著の幌別町のアイヌ語地名など数々の著書があるが、アイヌ語に関する著述に情熱を傾注したかげには、彼の伯母でユーカラの伝承保持者として紫綬褒章を受章した金成マツ女へのひたむきの姿であったともいえるのである。彼は又道新社会文化賞、朝日文化賞等を受賞し、社会文化に貢献するなど幾多の功績を残されて昭和36年6月9日病魔のため52歳の生涯を閉ぢたのである。
彼が生前言い遺したことばに、海の見える川のある丘に住みたい といっていたというが、海の見える川のある丘とは伯母金成マツの家のあったところで、彼が少年時代の思い出の多い丘でもあったのである。彼の志を想い、天才アイヌ学者を生んだ郷土の誇りを後世に伝え末長くその功績を讃え霊を慰めたいと、郷土の人々を初の室中同窓生が中心となり真志保君に縁のある方々の御賛同を得てこの碑を建立したのである。
建立に際しては、真志保君とは生前特に親交の深かった山田秀三氏からは碑文と略歴を寄せられ、芦別市川崎石材工業所社長の川崎務崇氏からは南アフリカ産黒花崗岩の碑石を寄贈され、建立地を提供された和田産業社長和田一夫氏、企画を支援下さった広川一彦氏等の善意のほか高田登別市長 室市議会議長 市内各事業所等からの御協力により茲に完成を見るに至ったのである
昭和48年6月9日 建立
知里真志保之碑建立委員長
登別市議会副議長 室中同窓会登別支部長 宮武清一
碑文書 林 豊次

デザイン・設計・施行
芦別市本町197
川崎石材工業所