道の駅なないろ・ななえ

道の駅なないろななえ

最近オープンした「道の駅なないろ・ななえ」に行ってきました。閉店間際だったにも関わらずたくさんの人で賑わっており、とても活気がありました。大沼、山川牧場、ガラナ、はこだてワイン、りんごなどなど、身近な七飯にたくさんの魅力があることを再認識した次第です。向野から、車で10分くらいの近さ。周辺には、ラッキーピエロ、昆布館などがあり、文句なしの立地だと思います。


「松前城資料館が開館 展示内容大幅リニューアル」(函館新聞)

松前城のなかの展示が大幅リニューアルされ、18日からオープンしたそうです(eHakodate(記事の提供元は函館新聞)の記事より。)。桜祭りで混み合う前に行ってみるのがよろしいかと。

松前城資料館(町松城)が18日から、展示内容を大幅リニューアルして開館している。北海道命名150年を記念して、城の縄張り図を発掘調査資料、絵図などと合わせて一堂に展示し、「最後の日本式城郭」の築城から終焉までを紹介する。また、松前神楽の国指定重要無形民俗文化財指定を記念し、神楽関係資料を新たに展示している。12月10日まで無休。(中略)

※オフィシャルサイトは見当たらなかったので、以下は、記事より抜粋。

  • 開館時間 午前9時から午後5時まで(最終入館は同4時半)
  • 入館料 大人360円、小中学生240円
  • 問い合わせ 0139-42-2216
 【松前】松前城資料館(町松城)が18日から、展示内容を大幅リニューアルして開館している。北海道命名150年を記念して、城の縄張り図を発掘調査資料、絵図などと合わせて一堂に展示し、「最後の日本式城郭」の築城から終焉までを紹介する。また、松前神楽の国指定重要無形民俗文化財指定を記念し、神楽関係資料を新たに展示している。1...

2月25日付けの読売新聞「編集手帳」について

読売新聞のコラム「編集手帳」。永年、同コラムの筆者を務めた竹内政明氏は、文末を「…だ」としないこと、「定番」という語を用いないことを語っておられました1

先日、同コラムの筆者が交代されたとの記事を見ていたのですが、2月25日の編集手帳に「…だ」と「定番」が登場したのを見て、本当に交代されたのだなぁと実感したのであります。

2月25日付けの編集手帳、国立民族学博物館で開催されている藤戸竹喜さんの作品展について書かれていたのですが、八雲町が木彫り熊発祥の地であることにも言及されており道南民として嬉しくなります。

2018-02-25(Sun) 読売新聞 編集手帳

参考


  1. 竹内政明(2013)『「編集手帳」の文章術』文春新書。「第一戒「ダ」文を用いるなかれ」と題して「私の書く『編集手帳』の文末に『…だ』は登場しません。いくらか気取って聞こえるのは承知のうえで、『…である』と書いています。(中略)『…である』に比べて、『…だ』には音読するとブツッ、ブツッと調べを断ち切るところがあり、どうも用いる気になれません。」(p.11)、(「第3章 「出入り禁止」の言葉たち」のなかで「定番」という言葉を挙げて)「もともとは、小売業者が内輪で使っていた符丁でしょう。(中略)その業界に属していない身で符丁を使うことには抵抗があります。」(p.93)。 


「槻の木の広場」とされる飛鳥寺西方遺跡で細長い建物跡発見

「槻の木の広場」とされる飛鳥寺西方遺跡(奈良県明日香村)で飛鳥時代のものとみられる細長い建物跡が見つかったそうです。

村教委によれば、国内最古の本格的寺院とされる飛鳥寺の西門跡から北西約140メートル離れた調査地で、16個の柱の穴(1辺90センチ~135センチ)を確認。少なくとも東西19.2メートル、南北4.8メートルの建物があったとみられる。

猪熊兼勝・京都橘大名誉教授(考古学)は「今回の建物は宴会施設の可能性があり、日本書紀に記録されたような蝦夷や隼人らをもてなし、相撲をとった場所かもしれない。広場は様々な儀式が行われる機能的なエリアだった」とみる。

「もてなし、相撲をとった場所」という猪熊先生のコメントに反応。

宴会施設か、飛鳥時代の建物跡が出土 蝦夷や隼人招待?:朝日新聞デジタル


平成29年度北斗市歴史講座

北斗市郷土資料館で開催される歴史講座。講師は、長谷部さんと松崎さん。これは面白いお話が聞けそうです(平日なので参加は難しそう…)。

29年度歴史講座 受講者募集 – 北斗市

第1回 12月18日(月) 道南地方のアイヌ文化-菅江真澄が観た蝦夷風俗-
講師 長谷部一弘氏(函館市縄文文化交流センター学芸員)
第2回 1月24日(水) 下之国矢不来館跡と上之国勝山館跡-蠣崎氏の台頭と下之国守護職の終焉-
講師 松崎水穂氏(元上ノ国町教育委員会学芸員)

時間 午後6時30分~8時
会場 北斗市郷土資料館 交流スペース(北斗市総合分庁舎内2階)
受講料 無料
定員 各講座30名(定員になりしだい締切)
申込方法 前日までに、お電話で申し込んで下さい。
申込先 北斗市郷土資料館(分庁舎2階) 電話:77-8811


木古内町幸連5遺跡で人の顔が描かれた縄文時代中期後半(約4300年前)の石製品出土

三角形の板状の石に目や眉などが黒色の顔料で描かれている。縄文時代の顔の絵は極めて珍しく、顔料で描かれ、また石製品に描かれている絵が見つかったのは全国で初めて。(北海道新聞)

素人の私には、顔と言われれば顔のような…といったレベルで恐縮ですが、きっと顔なんでしょうね。週刊少年ジャンプのロゴのような。

土器ではなく石製品、というのも珍しいかと。

縄文期石製品に「人の顔」 木古内・幸連5遺跡で国内初出土:どうしん電子版(北海道新聞)

4300年前の人の顔が描かれた石製品出土 全国初 北海道・木古内町


函館ハリストス正教会 復活聖堂を耐震化(毎日新聞)

北海道函館市の観光名所で国の重要文化財「函館ハリストス正教会」の復活聖堂が、2020年ごろにも本格的な耐震工事を実施することになった。1916年に現聖堂が建造されてから100年以上経過し、地震などで今後、被災する恐れもあるためで、今年度耐震診断を開始した。

毎日新聞 「重要文化財 函館ハリストス正教会 復活聖堂を耐震化」(2017-11-21(Tue) 22:49:43 アクセス)

函館の教会の中で最も有名なハリストス正教会。ガンガン寺。しっかりと耐震補強され、末永くその姿を残して欲しいものです。


江差町の斉藤籠店

店頭横にある、20畳もの畳間でかごをつくる職人の姿は、2006年に弘文さんが亡くなって以来絶えていますが、ここでかごを売り続けたいという思いから純子さんは「斉藤製籠店」を廃業させ、新たに〈斉藤籠店〉の店主としてお店を受け継ぎます。

学生時代に斉藤さん宅に泊めていただき、姥神大神宮渡御祭に参加させていただいたことを思い出しました。あのときはご主人がお元気で、朝食のときにご主人が出演されたNHKのど自慢のビデオを見ながら盛り上がったことが印象的です。


菊池俊彦(2009)『オホーツクの古代史』平凡社新書

中国の史料に登場する流鬼や夜叉。流鬼や夜叉がどこにあり、どのような人々だったのか、ということについて永年の議論があるが、本書において著者は、

流鬼はサハリンのオホーツク文化の人たちであり、夜叉はオホーツク海北岸の古コリャーク文化の人たちだった、と私は考えている。そして流鬼はニヴフ民族に相当し、夜叉はコリャーク民族に相当すると考えることができる。(p.12)

と主張し、環オホーツク海の諸民族の古代史を丁寧に解説する。

印象的だったのが、『元史』に登場する骨嵬(こつがい)についての以下の箇所。

ここで骨嵬と書かれているのは、ギリャーク(ニヴフ)民族がアイヌ民族をクギとよぶ発音の漢字表記であるから、骨嵬は明らかにアイヌ民族を指している。骨嵬という表記はその後、明朝では苦兀(くごつ)あるいは苦夷(くい)と書かれている。これはアムール河下流域のツングース民族がアイヌ民族をクイとよぶ発音に対応している。(p.169-170)

骨嵬(くぎ)→苦兀(くごつ)・苦夷(くい)、この流れで蝦夷(かい)と日本で表記されるようになったのだろうか?

目次

  • はじめに
  • 第一章 流鬼国の朝貢使節
    • 流鬼国はカムチャツカ半島か、サハリンか
    • 「北海」はバイカル湖か
    • 一万五千里の彼方にある国
    • 黒水靺鞨の領域
    • 「少海」は「小海」
    • 流鬼の使節の名前
    • 使節の長安到着
    • 「三訳」とは何か
    • 騎都尉という称号
  • 第二章 流鬼国はどこにあったのか
    • 何秋濤のカムチャツカ半島説
    • シュレーヘルの流鬼伝の翻訳
    • ロシアのカムチャツカ進出
    • 白鳥庫吉のサハリン説
    • 流鬼=アイヌ民族説
    • 唐代のギリャーク民族とアイヌ民族の居住地
    • 和田清のカムチャツカ半島説
    • 夜叉の解釈をめぐって
    • 夜叉=エスキモー民族説
    • カムチャツカ半島の考古学資料
  • 第三章 オホーツク文化の大陸起源説
    • オホーツク文化とエスキモー
    • オホーツク文化という名称
    • オホーツク文化と大陸
    • モヨロ貝塚の発掘
    • 東亜考古学会主導のモヨロ貝塚の発掘
    • オホーツク式土器の類例
    • ホロンバイルの土器
    • アリュート民族渡来説
    • オホーツク文化の人たちの大陸からの渡来説
    • 粛慎(しゅくしん)と粛慎(みしはせ)
  • 第四章 オホーツク文化と流鬼
    • サハリンの遺跡調査
    • アムール河中流域の遺跡調査
    • オホーツク海北岸の遺跡調査
    • オホーツク文化の遺跡調査
    • 大陸側の考古学資料の引用
    • エスキモー民族渡来説
    • ウリチ民族説渡来説
    • 黒水靺鞨渡来説
    • オホーツク文化の靺鞨系遺物
    • オホーツク文化=ギリャーク民族説
    • 流鬼国=サハリン=オホーツク文化
    • ホロンバイルのブルホトゥイ文化
  • 第五章 夜叉国と環オホーツク海交易
    • オホーツク海北岸の古コリャーク文化
    • 皇宋通宝の発見
    • オホーツク海北岸のトカレフ文化
    • オホーツク海北西岸の初期鉄器時代の遺跡
    • カムチャツカ半島東岸のタリヤ文化
    • 環オホーツク海の諸民族
    • アイヌ民族のサハリン進出
    • 再びオホーツク文化の人たち=粛慎説
    • 流鬼国の朝貢使節の貢物
    • 中国に運ばれたセイウチの牙
    • オホーツク文化のセイウチの牙製品
    • オホーツク海北岸のセイウチの牙
    • 夜叉国へ至る道
  • あとがき
  • 主要参考文献
  • 挿図出典一覧

その他


第6回特別展 北海道・北斗市 指定文化財展 15世紀陶器〜17世紀円空仏〜19世紀絵図まで

第6回特別展 北海道・北斗市 指定文化財展 15世紀陶器〜17世紀円空仏〜19世紀絵図まで

北斗市郷土資料館特別展に行ってきました。

円空仏3体が並ぶのはとても貴重なことで、おそらく最初で最後になろうかと思われます。

  • 上磯八幡宮蔵の円空仏(左)
    • どうして上磯八幡宮に伝わったのかは不明。蓮華座が欠けているのは、ケースに収納するために削られたものらしいです。
  • 曹渓寺蔵の円空仏(中)
    • 訳あって顔面が削られ、また訳あって蓮華座付近が削られている悲しみを背負った一体。
  • 富川八幡宮の円空仏(右)
    • かなり虫にやられてしまった一体。昔、地域の安産祈願仏だったとか。

以下、展示のキャプション。

円空は寛永9年(1632)、美濃国(現岐阜県)に生まれ、23歳で出家した江戸時代初期の僧で、宗派は天台密教とされる。行基菩薩の徳風を慕って、十二万体の仏像彫刻の願を起こし、全国各地に仏像を造顕した。
円空は寛文6年(1666)に蝦夷地に渡り仏像を作成した。ゴツゴツした野生味に溢れながらも不可思議な微笑みをたたえている。一刀彫という独特な彫りが作品の個性を引き立てる。
北斗市指定の三体の円空仏は、鉈仏の極意に達した充実の作品に見られる迫力や荒々しさはないが、端正で純粋な作品に仕上がっている。
 上磯八幡宮 神像円空仏 指定年月日: 昭和40年(1965)11月1日
 曹渓寺 円空作仏像 観音像 指定年月日: 昭和55年(1980)9月1日
  曹渓寺円空仏は、昭和10年(1935)道庁史跡調査員の杉山寿栄男氏により道内で初めて発見された。本道の円空仏調査の先駆けの仏像である。
 富川八幡宮 円空作仏像 観音像 指定年月日: 昭和55年(1980)9月1日

矢不来館出土品である中国製陶磁器なども展示されています。
道南十二館のひとつ、茂別館と近く、茂別館と一体的なものだったのか気になります。
当時盛んだった日本海貿易が、津軽十三湊よりも北上したこの地でも行われていたのでは、などと空想した次第です。

第6回特別展 北海道・北斗市 指定文化財展 15世紀陶器〜17世紀円空仏〜19世紀絵図まで

特別展は、11月12日までの開催ですのご関心のある方はお早めに。
なお、11月6日は休館日ですのでご注意ください。

第6回特別展 北海道・北斗市 指定文化財展 15世紀陶器〜17世紀円空仏〜19世紀絵図まで

  • 期間 平成29年10月16日〜11月12日 午前9時〜午後5時 ※休館日 11月6日(月)
  • 会場 北斗市郷土資料館2階 特別展示室

第6回特別展 北海道・北斗市 指定文化財展 15世紀陶器〜17世紀円空仏〜19世紀絵図まで


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