函館市

万平塚

函館市船見町の地蔵寺墓地入口に万平塚が建てられている。万平という人物は、明治の頃、船魂神社脇の岩穴に住んでいた乞食で、教養が深いことで知られていた。また、石川啄木とも関わりがあったらしい。
函館市

南部藩士の墓地

寛政・安政年間に蝦夷地が幕領化された際、南部藩と津軽藩が警備を命ぜられ、多くの藩士が蝦夷地に渡り、任務に当たった。この墓地は、事故や病気等で蝦夷地に倒れた南部藩士を弔うもので、現在12名の藩士が祀られている。
資料集

参考文献リスト

道南の歴史を知る上で参考にすべき文献リスト。
2021.09.26
函館市

シャルトル聖パウロ修道女会墓地

函館市船見町の地蔵寺墓地に隣接するシャルトル聖パウロ修道女会墓地に、全国白百合学園発祥の函館白百合学園創設者であり函館における社会福祉事業の先駆けとなったスール・マリ・ネオジムが眠っている。
2021.09.26
函館市

函館検疫所台町措置場(旧函館消毒所)跡

明治18年、内務省は防疫体制強化のため函館ほか主要5港に日本最初の常設消毒所を建設した。函館市船見町に残るこの建物は当該消毒所の事務所として使用されたもので、現在は改装され、夕景と日本茶を楽しめるカフェ「ティーショップ夕日」となっている。なお、隔離室として用いられた建物は、函館市昭和の永全寺に同寺納骨堂として移転されている。
2021.09.25
函館市

天下の号外屋翁の墓

船見町の墓地でも一際目を引く赤い墓は「赤墓」と呼ばれ広く知られているが、赤墓に眠る信濃助治という人物について詳しいことはわかっていない。函館市の説明板によれば、全身に赤色のものを纏う変わり者だったようである。
函館市

堀川乗経、ジョン・ミルンとトネ夫妻の墓

函館山西側、船見町の本願寺函館別院墓地に、亀田川掘削を行い函館市街地発展に大きく貢献した堀川乗経及び日本地震学の礎を築いたジョン・ミルンとその妻で堀川乗経の娘トネの墓碑がある。
2021.09.20
資料集

松前天保凶荒録

「松前天保凶荒録」は、明治19(1886)年1月、函館県が県下の郡役所及び町村役場に命じて、天保の凶荒の惨状に係る記録、口碑を報告させたもの。以下、北海道大学北方資料データベースで公開されているもの(大正4年河野常吉写)をテキスト化した。
2021.09.18
資料集

官報(明治17(1884)年2月4日第177号)○農工商事項

明治17(1884)年2月4日付け官報第177号に、「○農工商事項」として天保年間の飢饉時に函館近郊で貴重な食料となった「ヲシメ昆布」に係る報告記事が掲載されている。
2021.09.18
北斗市

北海道大野農業高等学校

明治8年、開拓使は、大野村向野(現北斗市向野)に大野養蚕場を開設した。のちに徳川義礼に貸し付けられ、徳川農場と呼ばれた。大野養蚕場時代に囲いとして築かれた土塁や境界に植えられた黒松並木は、現在も北海道大野農業高等学校敷地内にその姿をとどめている。
2021.09.18
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