2021-12

函館市

北海道警察官派出所発祥の地

明治5年6月開拓使函館支庁羅卒分営を西浜町(現在地)と地蔵町の2箇所に設置し北海道警察官派出所発祥の地となる。 邏卒の屯所として「富岡町15番地の真宗能量寺堂宇内に本営を仮設」、「第1大区の屯所という位置付けとなり、これ以外に西浜町海岸(38番地の4)と地蔵町地蔵堂に分営が設けられ、それぞれ第2大区の屯所、第3大区の屯所(明治6年3月22日の火事で類焼、蓬莱町1番地に仮屯所設置)となった」とのこと。(『函館市史 通説編2』)
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傷心惨目の碑

明治2年(1869年)5月11日、箱館戦争最大の激戦が箱館の市街地で行われた。当時の高龍寺は、もっと坂の下にあり旧幕府脱走軍の箱館病院分院にあてられたが、同日、新政府軍の先鋒隊が乱入し、傷病兵らを殺傷して寺に放火し、会津遊撃隊の者が多数犠牲となったという。 明治12年(1879年)高龍寺は移転、翌13年(1880年)に旧会津藩有志がこの碑を建て、斬殺された藩士を供養した。 碑面「傷心惨目」は、中国、唐の文人李華の作「古戦場を弔う文」からとったもので、文字は中国南宋の忠臣岳飛の真跡を写したものである。
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函館港改良工事記念碑

撮影:2021年9月24日 撮影:2021年9月24日    函館港改良工事記念碑 函館港の改良を多年にわたり計画していた函館区は、明治28年改良工事の実施を決定し、翌29年6月工事に着手し、同33年9月に完成した。 改良工事は港内のしゅん...
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厳島神社

函館市弁天町の厳島神社(観光標識では「厳」の字は、旧字の「嚴」)は、古くは弁財天社と呼ばれ、江戸時代の早い頃から存在していたものと考えられている。 亀田八幡宮の神職が漁期に来て豊漁祈願したのが始まりといわれ、『津軽一統志』にも「弁才天」と記...
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